第3話  地上への脱出


「おい、大丈夫かガキんちょ。腰でも抜けたかよ」

「え、え? あ、は、はい、大丈夫です……」


 地べたにへたりこむルリィは呆然と答えるものの、意識はしっかりとしている。

 まだ状況の整理がついてないのか。

 ま、『新世代』筆頭とはいえまだまだ十歳のケツの青いガキだ。

 こういうイレギュラーに対応できるほど場数は踏んでないか。


 ルリィの復活を待っていると、ふよふよと空中に浮かんでいる配信カメラが俺の全身を捉えていた。


「あー、やっぱり配信中だったか! 被り物しておいて正解だったな。さすが俺!」


 ビシッとカメラに向かって決めポーズもかましておく。

 馬の被り物で顔バレする心配もないからこんな大胆な行動だってできちまうぜ!


「一応、ルリィの配信動画も見てみるか。視聴者がどんな反応してるか気になるしな」


 俺は自分のデバイスを操作し、ルリィのチャンネルを検索する。

 生配信中と表示されていた最新の動画をタップすると、画面に馬男――俺の姿が現れた。

 コメント欄は目まぐるしく動いていく。


 :馬

 :何やこいつ

 :誰これ

 :こんな変な格好の探索者いたか?

 :うま

 :浪速のサーカス団ならワンチャン……


「おいおい、誰がサーカス団だ。あの大阪のキテレツ団体と一緒にすんな。俺様の名前は……フッ。いや、お前たちに名乗る必要もねぇか」


 そもそも馬になってまで匿名性を保持してるんだから、自ら名前を晒したらそれこそ馬鹿だろ。

 コメントに答えてみると、さらに反応が加速する。


 :反応してきたぞ

 :馬こわ

 :なにもの?

 :てかそれよりもコイツ、ミノタウロス瞬殺しなかったか……?

 :あなたは誰なんですか


 俺の素性を知りたがってる奴が多いな。

 いきなりルリィの配信画面に馬の被り物をした不審者がミノタウロスを一刀したら、気になるのも当然か。

 だが、俺は自分の情報を開示する気はさらさらない。


「ハイハイ、俺の個人情報に関することは一切答えませーん。おいルリィ、もうそろそろ立てるか?」

「……へ? あ、うん……」


 ルリィは少し震えながらも立ち上がり、わずかに怯えが残る瞳で俺を見据えた。

 まあこんなパンパンのバックパックを背負った馬男と対峙したら怖いわな。

 しかも右手にはユニークスキルで生み出した黒刀を所持している。

 明らかに十歳の女児に話しかけていい格好じゃないが、今は緊急事態だ。

 手短に情報のやり取りをする。


「ダメージはどれくらいだ。普通に動くことはできるか」

「体は痛いけど……多分、大丈夫」

「回復スキルは?」

「まだ習得できてない」


 なんだ、『新世代』筆頭だとか持て囃されてる天才なのに回復スキルの一つも持ってねぇのか。

 俺も持ってねぇけど。


「体が動くならいい。今から地上へ出るぞ」

「わ、わかりました。瑠璃は……じゃなくて、私はどうしたらいいですか?」

「あん? やけに素直だな」

「だって助けてもらったし……」


 ルリィは気まずそうに視線を落とした。

 ミノタウロスと派手にやり合ったせいで体は全身土汚れでドロドロだが、こうして見ると可愛らしい面もあるじゃねぇか。

 肩口まで伸びた金髪のツインテールに、小学生らしいファンシーな装備。

 今は見えないが、小憎たらしい八重歯もセットになったらそれはもうすごいだろう。

 さすがは登録者百万人を超えるメスガキ系配信者の頂点。

 一部の層にぶっ刺さるのも頷ける。


「それじゃ、地上へ脱出するまでは俺の指示に従え。分かったか?」

「うん」

「魔力はどれくらい残ってる」

「まだ八割くらいはあると思います」

「そうか。なら残りの魔力は全て防御スキルと身体強化、移動速度に回せ。攻撃スキルには一切の魔力を使うな」

「え、でも……」

「大丈夫だ。モンスターへの攻撃は俺に任せろ。俺の方が効率的にモンスターを狩れる」

「わ、わかりました」


 ルリィの攻撃スキルは派手で威力はありそうだが動作に無駄が多く、周辺にも被害が出る。

 典型的なソロプレイ向きの探索者だが、地上へ脱出するだけなら爆発力のある攻撃はむしろマイナスだ。

 余計に時間がかかる。


「よし、それじゃあ俺に――」


 ――――プルルルルルルルル!!


 着いて来い、と続けようとしたところで着信音が遮った。

 この音は俺のデバイスではない。


「えっと……」

「お前のデバイスか。出ていいぞ」


 親や先生からだろうか。

 いや、今は生配信中であるため、迷宮省の人間にまだ東京第十ダンジョンに滞在していることがバレたのかもしれない。

 電話をかけてきたのが迷宮省関連の人間だったら面倒くせぇな。

 ルリィの配信を見てるなら、当然その横にいる馬男も目にしてるだろう。

 俺の存在が迷宮省に漏れるわけにはいかないので、ルリィの会話に聞き耳を立てる。


「……あれ、非通知だ」


 このタイミングで非通知の電話?

 こりゃあ十中八九、迷宮省からのお叱り電話かね。


 ルリィは恐る恐るデバイスからの着信に出た。


「は、はい」

『何をやってるの吉良川きらがわさん!! 一人で下層に行って、しかも迷宮省からの通達も無視して……どれだけ危険なことをしているか分かってるの!!』

「ひゃう! ご、ごめんなさい!」


 ルリィが萎縮して頭を下げた。

 やっぱ怒られたのか。


『…………まあいいです。残りはダンジョンから帰還してから話しましょう。ああ、名乗るのが遅れてごめんなさい。私は特級探索者の火室彩夏ひむろあやかです。今は迷宮省の対策本部の回線から連絡しています』

「あ、やっぱり火室ひむろ先生だったんですね……声でわかりました」

「……ヒムロ?」


 ルリィの漏らした言葉に嫌な予感がした。

 ヒムロ……ヒムロ……俺の知ってる人間で、ただ一人この名字を持っている奴がいる。

 いや、まさかな。

 きっと電話の主は俺とは関係のないヒムロさんだろう。


『……今あなたの生配信を見てるわ。横にいる馬の被り物をした男に代わってもらえる?』

「わかりました。あの、馬男? さん」

「あ? なんだ」

「えっと、火室ひむろ先生があなたに代わって欲しいって……」

「………………マジで?」

「はい」


 ルリィは俺にデバイスを差し出してくる。

 別に断ってもいいんだが……それはそれで面倒なことになりそうな予感。


 俺は少しでもバレないよう、声を高く変えて電話を代わった。


「も、もしもし~?」

『……貴方、どこの支部の探索者でしょうか』

「え~っと、自分は最近東京にやってきた田舎者でしてぇ~。あ、青森とかだったカナァ~?」

『…………そうですか。では貴方のお名前は』

「佐藤太郎です」

『そんなわけないでしょ!! 七年も姿を眩ましてたけど、やっっっと見つけたわよ! 名前を忘れたってんなら私が教えてあげるわ!! アンタはくず――』


 ピッ。

 通話を切った。

 そして流れる動作でデバイスの電源もオフにする。

 こうでもしないと絶対また鬼電してくるからな。

 俺の知ってる火室彩夏ひむろあやかはそういう女だ。


「あ、あの……」

「おう、電話は終わったぜ。デバイスの電源は切ったから、地上に戻るまでそのままにしとけ」


 デバイスをルリィに返しながら、空中に浮かぶ配信カメラをチラ見する。

 俺たちは今この瞬間も頭上の配信カメラから動向を全てリアルタイムでネットに流されている状況だ。

 これはまずい。

 非常にまずい。

 なぜなら、火室彩夏も間違いなくこの配信を見ているからだ。

 東京第十ダンジョンには入口が三つあるが、俺たちの映像が流され続ければどのルートから地上に出ようとしているのか丸分かりになってしまう。

 そうなれば恐らく彩夏の手の者に先回りされ、包囲されるのは目に見えている。


「ルリィ、先に謝っておく。これは必要なことなんだ」

「はい? なんのことですか?」


 俺は自分のデバイスから、生配信のコメント欄を見た。

 案の定、賑わっている。


 :怒られてるルリィいいね

 :わからせたすかる

 :電話のお相手は火室先生か

 :あの馬、青森支部の佐藤太郎だとか言ってたけどそんな探索者はヒットしなかったぞ

 :偽名やん

 :本当に何者なんだこの馬面


「んじゃ、俺たちはこの辺で失礼するわ。またな変態の視聴者共。あ、火室ひむろ先生もばいば~い!」


 俺はひらひらとカメラに向かって手を振り――配信カメラを一刀両断した。 

 トマトのようにスッと真っ二つになった半球型の機器は、浮力を失いガシャンと地面に散らばる。


「ああっ!? 瑠璃のカメラがぁ!! なにすんのよ!?」

「悪いな。これ以上俺たちの情報を外部に漏らす訳にはいかなくなった。カメラ代はこれでまかなってくれ」


 俺はさっき倒したミノタウロスが持っていた魔石をルリィに投げる。

 ルリィは声をあげながらキャッチした。


「その大きさの魔石なら一つで三十万くらいにはなる。それで新しいカメラでも買ってくれ」

「あのカメラ最高性能の魔力式デバイスだから、一つ五十万円くらいするんだけど」

「…………そんなことはどうでもいい!! 今は緊急事態なんだぞ! 細かいかねの心配なんかしてる場合か! いいから俺に着いて来い!!」


 早口で叱咤し、本当の意味で二人きりになった俺たちはダンジョン脱出に向けて動き出した。

 ルリィの何か言いたそうなジト目は気付かないフリをした。



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