春が来た4

 事情を知ると、ディープは難しい顔をして、それでもケイトを通して、まだ面会が許されないラディと、少しだけでも話せるように取りはからってくれた。


 ノヴァが病室を訪れると、ラディは息をするだけで精一杯という状態で、苦しそうだった。

「ルー、話があるの、聞いて。あのね、あたし達に家族が増えるの」

 ラディはかすかに目を開け、ノヴァを見た。

「でも、こんな最悪のタイミングで……」

 言葉を続けられなくなったノヴァに、ラディはゆっくりと自分で酸素マスクをずらすと、

「君は……どうしたい、の?」

「あたしは……!」

 ノヴァの気持ちは最初から決まっていた。ただ背中を押してくれる、そのひと押しが欲しかったのだ。

「私はエスに妹か弟がいたらいいと思う」

 ラディはわずかに微笑んだ。

「そうだ、ね。……僕にはあきらめるという選択は……ないよ。……神様がくれたのだから」

 息をつごうとして、痛みに顔をしかめる。

「でも……君が大変な時に……今の僕には何もできない。……そばにいることさえ」

 ラディは顔をそむけた。

「……ごめん」目尻から涙がこぼれそうになっていた。

 ノヴァは指でそっとその涙を拭い、酸素マスクを元に戻して、手を握った。

「心配しないで。大丈夫だから」

 このとき、ノヴァは覚悟を決めた。


 ラディの肺へのダメージは思いのほか、大きく、呼吸の苦しさが続いていた。肺を休ませるため、人工的に呼吸管理することを決めたケイトに、同意書へのサインを求められたディープは、

「えっ? 僕……?」

「今はノヴァも大変なんだろう? そうしたら、君じゃないか」

「ああ、そうか、そうなるんだ……」

 普段は全く意識していないが、立場上、ラディはディープの義理の息子にあたるのだった。

 ノヴァは悪阻つわりが重くて、少量の出血もあり、安静が必要だった。

(無理もない……)と、ケイトは思う。普通でも大変な状況なのに、身重の身体への負担は相当なものだろう。


 あの事故以来、エステルはおとなしかった。その頃、誰もが自分のことでいっぱいいっぱいで、おとなしすぎるという彼女の変化に気を留めるのが遅れた。

 エリンが気がついたときには、エステルの笑顔も言葉も失われつつあった……。


 

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