春が来た5
その日もディープはクリーンルームの外から、ラディの様子を見守っていた。
何本も身体から出ている管とライン。人工管理するための機械、モニター、輸液などがつながっている。機械が代わりに働いて、綺麗になった血液が身体に戻されていく。その間にダメージを受けた肺を休ませ、快復を待つ。
身体を覆っている布が少しずれていて、背中に残るいくつもの古い傷痕がのぞいていた。
ディープはクリニックでの仕事が終わったあと、ほぼ毎日、ここに来ていた。自分にできることはないとわかっていても、気がつくと足が向いていた。
(髪が伸びたな……)
深い眠りの中にいるラディの髪が伸びてボサボサで、自分と違い、いつも身だしなみをきちんとしている彼が知ったら、きっと嫌がるだろうなと思う。
(ただ見守ることしかできないというのは、こんなに辛いものなのか……)
鎮静をかけて眠る処置に入る前、かわした会話が思い出された。
『ディープ。エスとノヴァは変わらずに、笑っている……だろうか』
答えられないディープに、ラディは何も聞かずに、
『……ふたりを頼む』
ただそう言った。
流産の恐れがあって絶対安静となったノヴァも結局、入院が必要となり、エステルとエリンと3人で過ごす家の雰囲気が耐え難くなりつつあった。ディープは、笑顔と声を失くしたエステルと向き合うのが辛かったのだ。彼女をみていると、自分の中で否応なく後悔が繰り返される。
あのとき、もっと強く止めておけばよかった、とそう思う。
ディープは、片手で顔をおおい、うつむいた。
人の気配を感じて、顔をあげると、いつのまにか隣にケイトが来ていた。
「ディープ。まいってるんじゃないか」
「うん……いや、大丈夫。まいっているのは僕じゃない。娘達だ。僕は何もしていない。ただ……彼の姿を見ているのが辛い。何でだろう、よくわかっている処置のはずなのに」
「辛いのは、彼が君の大事な親友、家族だから、だろう? それともうひとつ、医師としての自分が今、何もできないからだ」
「………」
「毎日来ても無意味だとわかっていて、ここに来ている君は、何かから逃げているんじゃないかな。心配な気持ちはわかる。でもそれよりも、自分の不安、辛い気持ちをただ埋め合わせたいというだけのように、私には見える」
ケイトに指摘された通りだった。
「今の君は小児科医で、君には君の仕事があり、ご家族がいるはず。冷たい言い方だけど、今ここで君にできることは何もない。君がいるべき場所はここじゃない。君には君のやるべきことがあるだろう?」
「……!!」
「私と私のチームをもう少し信頼して、任せてもらえないだろうか。彼は普段から身体を鍛えているんだろう? 大丈夫。心臓はしっかりしているし、あと少し時間が必要なだけだから」
ケイトの口調が優しくなった。
「君は何でもひとりで背負ってしまおうとするけれど、誰かに頼ったり任せることをした方がいいと思うよ。そうでなければ潰れてしまう。もう帰って休んだ方がいい。君も倒れそうな顔をしている」
(ああ……)
以前にも潰れかけた自分がいた。
「僕は何度も同じ間違いを繰り返してしまう。以前、僕を救ってくれたのは、エリンだった……」
「……そうだったんだね」
ケイトはエリンがディープの主治医だったとは聞いていたが、そのいきさつについて知ることとなった。
「……わかった。帰るよ。あとは頼む」
「まかせて」
肩を落として帰って行くディープの背中を、ケイトは見送った。
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