春が来た7

 日中、サラはエステルをクリニックに一緒に連れて行った。

 はじめのうち、エステルはプレイルームでひとりで本を読んだりして過ごしていた。あるとき、自分より年下の泣いている患児を遊びに誘った。それをキッカケにして、不安そうな他の子供達の相手をするようになっていた。


 その日、サラは帰り支度をしていて、気がつくとエステルの姿がなかった。

 プレイルームをみると、もう他には誰もいないその真ん中に、エステルがポツンとひとりで立っていて、ビデオアニメの映像が流れたままになっていた。

「エス。そろそろビデオを消して、かたづけてね」

 声をかけたが、反応がなかった。

「エス?」

 サラがそばに行くと、彼女は画面に釘付けになっていて、その目からポロポロと涙があふれていた。

「エス!? どうしたの?」

 エステルはゆっくりと手を上げ、画面を指差し、サラを見た。


 コミュニケーションがとれるよう、エヴァはエステル専用のプログラムを作成して、タブレット端末に入れた。彼女の書いた鏡文字やウネウネした線でも変換表示してくれて、音声で出力することもできる。


 エステルは首から下げているそのタブレットをとりあげ、指で一所懸命入力している。

『このえいがにいきたい、エスがいったの。ディーパパはこんどにしたら、そういったのに。エスはわるいこ、わがまま』

「エス……」

 流れているのは、あの日、見に行った映画だった。

『サラちゃん。とうさま、しんじゃうの?』


 あの事故でラディが搬送されて以来、エステルは一度も会っていなかった。

 大人でもパニックになるような混乱した状況の現場にあって、泣きもせずに、検査と手当を受けたという。たった5歳の子が我慢して、迎えをじっと待っていた。

 駆けつけたディープ達の姿を見たとき、くしゃっと顔がゆがみ、初めてエスは泣いた。そして、ノヴァのひざにもたれて、泣きつかれて眠ってしまった。


 そのあと、エステルは自分のせいだと思いつめて、ずっと辛い想いでいたのだ。声が出せなくなるほどに。


「エス。エスのせいじゃない。父さまはもう大丈夫よ。でも、まだお話はできないから会えないの」

 サラはエステルの手をとり、自分のお腹にあてた。

「エスの母さまのおなかにも赤ちゃんがいるでしょ。まだとっても小さくて、母さまはじっと静かにしていないといけないの。病院では決まりがあって、エスみたいに小さい子は病室に入れないのよ」

『とうさま、かあさまにあいたい』

 エヴァの家族は、サラの憧れ・理想とする家族の形で、それが今、バラバラになりかけていた。

 サラはエスを抱きしめた。


 そのとき、なかなか戻ってこないふたりをエヴァが探しにきた。

「エス、どうした? 可愛いお顔がだいなしだよ」

 エヴァはエスの顔をふいて、抱きあげた。

『エヴァにぃ、とうさまにギューッとしてもらいたいの』

「エスが、君のせいじゃないと、そう言って欲しい相手は、私達じゃないのね。きっとただひとり……」

「ラディおじさんか……」

「ええ。そう」

 エヴァはエステルをギュッと抱きしめた。

「僕じゃ代わりにならないけど。エス、君はいい子だよ。いつ、とは言ってあげられなくてごめんね。でも、きっともうすぐ会えると、僕達は信じているよ」

 エスはエヴァの胸に顔をおしつけた。

 早くその日が来るようにと、心から願わずにはいられなかった。


 ようやく安定期に入ったノヴァが戻って、エステルと自宅に帰っていった。

 状況は少しづつ良い方向に向かっているように思えたが、事故の後、ノヴァとエステル、ディープの3人はお互い遠慮がちで、それが逆に見えない壁となっているように、エリンには感じられた。


 元通りの関係に戻れる日が来るのはいつになるのだろう、エリンは小さくため息をもらした。

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