第35項 絶望と希望


 

 俺は振り返る。


 すると、混濁という表現が相応しい化け物がいた。それは何種類もの生物を無理矢理繋ぎ合わせたような、おぞましい姿をしている。


 だが……。


 おれはこんな化け物より、メイのことが気になる。


 「メイ! メイいるのか?」


 返事はなかった。


 どうしよう。

 正直、コイツと戦っても、何一ついい事などない。


 だってコイツ裸だし、お金とかアイテム持ってるとは思えないし。

 

 できれば、関わり合いたくない。


 俺は左手を上げる。

 そして、聞きやすいようにハッキリと発音した。


 「コンニチハ。アナタハ、コトバワカリマスカ?」


 化け物は、金切り声をあげている。


 コミニュケーションは難しそうだな。


 それにしても、俺様のこの余裕。

 前なら膝ガクだったと思うが。


 だてに死の町を渡り歩いた訳ではないのだな。

 こんなのそこらにいっぱい居たしね。



 それにしても、コイツは、

 どこから湧いてきたのだろう?

 

 自然発生?


 つくられた? 誰に?



 すると。微かに。

 「ルー‥‥ク様」


 

 メイだ。

 メイの声だ!


 俺は建物の中に入る。

 イブキもついてくる。

 


 薄暗い廊下を駆け抜ける。



 ……メイがいた。

 


 ベッドに半裸で四肢を縛りつけられている。


 激しく抵抗したのであろう。

 縄がかかった手首は、激しく擦り切れ、血が滲んでいる。


 衣服は大半が破け、片方の乳房が露出していた。

 

 顔は、何かで殴打されたように変形し、歯も数本抜けているのではないか。


 下に目をやると、下半身は全てが露出し、だらりと開かれた内太ももの辺りには、何かを打ち付けられたような無数の青紫色のあざがある。


 臀部でんぶ下のシーツには、血の跡が残っていた。



 

 メイがこちらに気づく。



 「ん……あ。 ルークさま……。わたし…を、みない……でくぁ、だ、さ…い。わたしを……、みないで」



 俺は息ができなくなる。


 ドクンっ……。


 頭の血管に大量の血液が流れる。

 その脈動は、俺の全身に溢れ出た怨嗟を、脳にかき集めているようだった。


 もちろん、メイが生きていたのは嬉しいのだ。


 だが。


 メイをこんな目に遭わせた法王に。

 メイを助けられなかった自分に。


 自分の恵まれない生い立ちを呪わず、他者をうらやまず。

 俺みたいなクズにも優しく、健気に真っ直ぐ生きてきた、この愛しい女性に。


 なんで世界はこんな酷い仕打ちをするのだ。

 


 憎い。

 憎い。憎い。


 全てを滅ぼしたい。

 消し去りたい。燃やし尽くしたい。


 身体中の怨嗟が、黒い焔となって、俺の全身を燃やし尽くそうとしているのを感じる。


 次の瞬間、俺の意識はとぎれた。


 …………。

 ……。



 どこか遠くで、リリスの声がする。


 「だから言ったじゃないか。賭けは、の勝ちだね……」




 「ルーク!!」


 イブキの声で意識が戻る。

 

 右腕が怠い。


 すると、俺の右手には、さっきの化け物の心臓が握られている。


 そして、周囲には、さっきまでハズの肉片が散らばっていた。



 「ん、あ……?」


 何が起こったのだ。

 頭が痛い。

 訳がわからない。

 だが、まだ憎しみで身体の中が燃えるように熱い。


 またイブキの声がする。


 「ルーク!! もどってきて!! この子は私が必ず元に戻す。完全な元の姿に戻す。だから、憎悪に飲まれないで!!」


 だが、恨めしい気持ちは消えない。

 「ん……、あ」

 俺は再び怨嗟に飲み込まれそうになる。


 その時。


 メイの声が聞こえた。

 自分も苦しいのに、声を振り絞る。


 「ルー…くサマ。ヤメ…、ダメです。メイは……、いつものニコニコの…、あなた…がスキです」


 俺の中の怨嗟の炎がボッと消えた気がした。



 ……本人が望まないのだ。

 そんな復讐を俺が強要してどうする。


 それは、きっと俺の独りよがりで

 メイをより深く傷つける行為だ。


 死の町で見てきただろう。

 姦淫を働いた者達が行き着く先を。

 


 

 イブキは、メイの目の前で両膝をつき手を組み合わせる。


 響き渡るのは、怨嗟を叫ぶ俺とは真逆の、慈愛に満ちた美しい声だ。


 「「彼方より来たりて、此方へ過ぎ去りし旅人の運命よ。汝の望みは、思い残すことなき最上の果てにて、死の運命を賜ることであろう。五素は五素へ。灰燼は凱陣へ。さぁ、運命の女神よ、旅人に再び立ち上がる力を与え給え。永 劫エーヴィヒ回帰ヴィーダーケーレン」」


 完全回復の最上級神聖魔法だ。


 やはり、イブキは使か。


 神の力を借りるのではなく、神の神威そのものを行使する者。魔王を倒そうというのだ。そうであっても、おかしくはない。

 


 時が戻るように、メイの傷が治っていく。

 その魔法は、傷だけでなく、歯や痣、流血まで元に戻していく。そして、服までも元に戻す。

 

 

 俺とメイの気持ちに配慮してくれたのだろう。

 

 まだ危険な敵地なのに、魔力を惜しみなく使い。

 メイの全てを元通りにしてくれた。



 その代償は……。

 いまのイブキの状況だ。


 彼女は顔面が蒼白になり、唇は青紫になっている。苦しそうに肩で息をしている。


 魔力切れだ。

 

 辛そうだが、メイに声をかけてくれる。


 「あなたの全てを元に戻しました。今の貴女は、ルークと一緒にいた時の貴女と同じです。だから……カハッ」


 イブキは血を吐いて、言葉を詰まらせた。

 

 だが、メイの瞳に光は戻らない。

 身体が治っても、心は戻らないのだ。


 メイはぼそぼそと呟く。


 「ルーク様。ごめんなさい。ごめんなさい。今のわたしはきたないで……」


 俺はメイに唇を重ねた。

 メイが言いかけた言葉を遮った。


 こんなことがあった直後で不謹慎なのかもしれない。しかし、想いを伝える方法が他に思い浮かばなかったのだ。


 「んな訳ないだろ。お前はお前だ。俺にとって世界で一番なメイ•ミャーゼルだ」


 そして、両手でメイを抱きしめる。

 ギュッと。想いを込めて。


 メイの瞳に少しだけ光が戻った気がする。


 「わたし、ミャーザルじゃないですよ……?」


 「そうか。わるかったな。その、遅くなって」


 顔に悔恨が滲んでしまったのだろうか。

 メイは、俺の胸に顔を埋めると。

 俺に精神回復魔法をかけた。


 「「スピリット•ヒール」」


 本当に、こいつは。

 今、一番辛いのはお前だろう。


 

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