第33項 メルドルフ司教国
ケルアからメルドルフまでは、1週間ほどの行程だった。
途中、イブキ達の旅の目的についても話を聞くことができた。
彼女らは、やはり、この世界を滅ぼそうとする元凶(魔王という呼び方はしていなかったが)を排除するために旅をしているらしい。
今回はメルドルフの内情を偵察するという目的もあるということだった。やはり、タイミング的な運も良かったのだろう。
イブキが一緒なら、メイが生きてさえいてくれればなんとかなるだろう。
それと、1週間を一緒に過ごして分かったことがある。
イブキは全く模範的な神官などではない。
素行が悪くて有名なウルズの神官らしく、どこかに立ち寄ると常に怪しげな手品を披露して壺などを売りつけていた。
神は違えど、女神を信仰する者として、メイとイブキが仲良くなってくれるといいが。
そうこうしているうちに、メルドルフ領に入った。ここからは、いつ検問などにあってもおかしくない。
ここは完全にレイア教圏だ。
異教徒のウルズ神官がいたら、大変な騒ぎになる。
そのため、イブキにはドレスに着替えてもらった。
イブキのドレスは、黒に赤のティアードラインが入った落ち着いたデザインだった。肩の露出を隠すためにストールを羽織っており、それが妖艶さを醸し出している。
イブキを見た男性は全員が振り向く。
最近の聖女界は顔採用なのだろうか。
メイといい、イブキといい。ルッキズムの不自然な偏りを感じる。
ちなみに、来訪の設定としては、新婚旅行にきた貴族の若夫婦だ。
メルドルフの城門でチェックを受ける。ノアがどこからか用立ててくれたルンデン王家の推薦状があるので問題はないだろう。
門番に許可をもらい市街地に入る。
メルドルフは、
2人は市街地の地理を確認しつつ、ノアが手配してくれた協力者の家に急ぐ。
教えてもらった屋敷に行き、ドアの鈴を指定の回数鳴らす。すると、協力者が出てきた。
彼は人当たりの良さそうな中年の男性だ。商人のように見え、ラーズと名乗った。
彼が言うには、ノアの出身地であるルンデン王国内は、今にも革命が起きかねない不安定な情勢らしく、彼はその保守派組織の同志ということだった。
政治的信条で繋がっているのならば、やすやすと裏切ることはないであろう。
それにしても、メルドルフといい、ルンデンといいどの国も大変だ。なまじ同じ女神を信仰しているからそんなことが起きるんだと思う。
ラーズはメルドルフの状況についても教えてくれた。現法王のウィルヘルム3世は、布教の名の下に他国への侵略を企てているらしい。
そして、現在は聖女は空席であり、権威の確立のため、聖女の子孫を血眼になって探しているとのことだった。
ラーズは続ける。
「実は、数日前に当代の聖女様が見つかったという噂が流れまして、それ以来、神官兵共が騒がしいんです」
なるほど。辻褄があう。
やはりメイはこの国に到着していて、すでに捕まってしまったと考えた方がいいだろう。
さて、どうするか。
現法王を人質にすればメイの居場所を聞き出せそうだが、現実的に無理だろう。ノアから預かったイブキを危険な目には合わせられない。
メイの居場所を見つけ出し、秘密裏に救出するしかなさそうだ。
考えを整理する。
もともと現法王は、メイを消したがっていた。
それは、メイが前聖女と前法王の婚外子だからだ。
まずは、醜聞による法王の権威の低下を恐れたのではないか。
そして、聖女不在の今になって聖女の後継者が出現した。これが稀代の資質を持つ聖女なんてことになれば、法王の権威は完全に失墜しかねない。
メイは存在自体が醜聞の生き証人みたいなものだ。
下手をすれば、前法王の不倫も露見し、聖女を汚したなどと敬虔な信者の恨みを買う恐れすらある。
そうなれば、この国はいつ反乱が起きてもおかしくない状況だ。
現法王は権謀術数を生き抜いてきた人物だと聞く。
だとすれば、この状況を逆手に取り、メイを妃にしようとするのではないか?
レイア教では、法王も聖女も結婚は禁じられていない。
メイが妃になれば、メイの稀代の才能は、現法王を利するものでしかなくなるのだ。そして、過去の醜聞を恐る必要もなくなる。
……俺が逆の立場ならきっとそう考える。
そして、メイが首を縦に振らなければ、強引に自分のモノにしようとするだろう。
やはり、クズの考えは、クズに聞くのが一番だな。
リリスからもらった小賢しさも、案外役に立つものらしい。
ラーズに聞く。
「王宮から近く、大聖堂からも近い。しかも、王宮から人目につかずに行ける場所はないか?」
すると、ラーズはメルドルフの地図と睨めっこをして、どんどん施設を斜線で消していく。
そして言った。
「その条件を満たすのは、ここ。前聖女の邸宅しかないと思います」
牢獄などでは人目につく。
人知れず訪れることができる場所。
そうか。そこにメイはいるのか。
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