第32項 運命の扉

 

 どこからか詠唱のようなものが聞こえる。


 これは……、あの神官の声か。


「「死しても尚、志を捨てられぬ愛すべき愚者よ。汝の夢、未だ尽きぬ定めであれば、まだ臥すことを汝は許さぬだろう。さあ、運命の女神よ。満点の星達による運命の審判を。在るべき者は在るべき所へ。去るべき者は去るべき場所へ。流転の果てにて、我が灯火にて導かん。運命ファタリテート回帰ヴィーダーケーレン」」


 すると、ググっとどこかに持ち上げられる感覚がする。

 次の瞬間、俺は、見た事がない紋様が刻まれた巨大な扉の前にいた。


「さあ、旅人よ。扉を開けなさい。己の運命の裁定を受け入れるのです」


 俺は扉を開ける。

 重い。

 決まっている。扉は俺の背丈の何倍もの大きさなのだ。


 扉は少しずつ開き、そしてその中に入った。



 …………。

 ……。


 「おい! おい! しっかりしろ!!」


 目を開けると、あの大男がいた。


 「ここは? あれからどれくらいの時間が経った?」


 「あのギルドだよ! マジでビビったぜ。いきなり飲むんだもんな。ほんの数分だよ。お前が死んでたのは」


 え。

 俺様、死んでたの?


 ……数分か。

 百年以上に感じたがな。


 「それにしても、すげーな。あの秘薬って本物だったんだな。筋力も魔力も、死ぬ前とは段違いだぜ。まぁ、俺は飲みたくねーけど」


 そうか。

 確かに、力が増しているように感じる。


 秘薬の効能の正体は、死の町で幾度も死線を越えて身につけた実力が、そのままこちらに持って来れるという事なのか。


 俺を生き返らせてくれたのは神官か?

 

 「ありがとうな。あんたが居なかったら、俺はあのまま死んでた」


 「いえいえ。わたしは主神の導きに従っただけです。それに審判を無事に通過できたのは、あなた自身の定めです」


 模範解答だな。

 面白味がない。


 それにしても、蘇生が使えると言うことは、少なくとも最高位神官以上か。

 

 やはり、俺が戻れたのは本当に巡りあわせと運がよかっただけだ。


 

 「ちょっと、手合わせしてみねーか?」

 大男が言った。


 この体に慣れる必要があるか。

 俺は引き受けることにした。


 ルールは、前と同じだ。

 まずは、前回の再現といこうか。


 俺は正対に立つと、袈裟斬けさぎりの要領で男の右肩を斬りつける。


 男は少しびっくりした様子で、今度は身体ごとかわした。


 俺は間髪かんぱつ入れずに、下段の回し蹴りから、逆袈裟に切り上げる。


 ただし、ここからは前回とは違う。

 俺は、刃が相手に触れる直前に呟いた。


 これは俺が何十年もの苦行の末に辿り着いた刃の境地。


 「「 またたき 」」


 すると、刃の速度が加速し瞬間的に音速を超える。

 そのあまりの空気摩擦に、刃が灼熱の色を帯びるのだ。



 刃は男の右側腹を切り裂いた。

 派手に血が吹き出す。


 しまった。やりすぎた。


 すると、魔法使いの少女が叫んだ。

 「そこまで!!」


 それにしても……、メイに自慢しようとして黒歴史な技名にしすぎた。

 なんだか戦いの度に小っ恥ずかしいぞ。


 俺は、男に駆け寄る。

 「すまん、こんなことになるとは」


 男は気にする様子もなく答える。

 「気にするな。それより、想像以上だな。これなら安心してイブキを任せられる」


 神官は男に駆け寄り治癒魔法をかけた。

 すると、怪我は、時が戻ったかのように一瞬で治る。


 すげーな。

 そこらの回復魔法とは全然違うわ。


 男は立ち上がった。

 「そういえば、名乗ってなかったな。俺の名前はノア。今更だけどよろしくな。

  実力不足だったらアカリに護衛を頼もうと思ったんだが、今のお前だったら、イブキを連れて行くべきだ」


 イブキは神官。

 

 アカリというのは、東国の装束をきた黒髪の少女か?

 おそらく、アカリの方が戦闘能力が高いのだろう。


 俺が戦闘を担えるなら、メイの万が一に備えて、神官を連れて行けということか。


 ……有難い。


 馬車も彼らのものを貸してくれるという。


 俺は神官のイブキに挨拶をする。

 彼女の準備が済み次第、早速メルドルフを目指すことにした。

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