第25項 俺様にできること

 

 俺は父上の執務室にいる。


 当然、絶賛、土下座中だ。

 父は不機嫌そうに俺を見下ろしている。


 「それで? いくら用意できたんだ?」


 「ぎ、銀貨3枚です……」


 「ほう……。海に沈む覚悟があるようだな?」


 海って、どこぞのヤクザだよ。

 親子でそこまでやるか? 普通。


 このドケチが。


 「い、いえ。そんな覚悟はないです。人並みに結婚もしたいので……」


 「ほお、結婚? 銀貨27枚ものツケを踏み倒そうとしているヤツがか?」


 「面目ありません……」


 「全寮制のタイタニア魔導学院にでも入るか?」


 タイタニア魔導学院とは、我がリューベック公国が誇る、悪名高き魔法学校だ。

 

 全寮制で卒業まで一切の外出不可。

 あまりの激しい教育方針により8割方の生徒は脱落後、抜け殻になる。

 残りの2割も、ほとんどの者の人格が変わるという恐ろしい学校だ。


 貴族が、手に負えない問題児を放り込む学校として有名なのである。


 兵役よりひどいかもしれん。

 いやだ、嫌すぎる。


 「タイタニアだけはご勘弁を……。あんなところに入れられたら、頭ハゲちゃいますよ……」


 「すでに薄毛だろう?」


 このクソ親父。自分も鏡見てから言えっつーの。

 薄毛同士でもっと寛容の心を持とうぜ?


 「分割払いで、そこをなんとか……」


 「はぁ、もういい下がれ。まぁ、銀貨3枚でも稼げたなら、お前にしては上出来だろう。今後、残り27枚も分割して払うように」


 

 どうやら諦められたようだ。

 過剰な期待をされていないって素敵!! 無敵!!


 って、残り27枚とか言ってなかったか?

 どさくさに紛れて、全額に戻しやがって……。


 このハゲ。



 とはいえ、ここで逆らうと、とんでもない惨劇が起きそうだ。

 俺はひたすら頷き父の部屋を後にした。



 自室に戻ると、メイを呼びつけた。


 「ルーク様。お父様には怒られませんでしたか?」


 「怒られたに決まっているだろう。むしろそれ以外だったら怖いわ」


 「ですよね。すみません。わたしのせいで」


 「思い上がるな。お前如きが俺様の人生をどうにかできると思っているのか? だから、気にするな。お前がどんなに俺様の足を引っ張ったって、俺様はびくともしない」


 


 そんなことよりも、俺様にはしておきたいことがある。

 


 昔、なんかの本で読んだことなのだが、人生は無限に繰り返すものらしい。

 例えば、部屋を散らかしたまま寝れば、次の日に起きた時、部屋は散らかりっ放しだ。


 人生もそれと同じで、やり残した問題は、また次の人生に持ち越されるだけだ。

 そういう意味では、先延ばしは解放を意味しない。

 

 これは、人生なんて長いスパンでなくても当てはまる。

 1年、1ヶ月、1日。そういうレベルでも、やり残した問題は、自分が解決しなければ積み残されたままなのだ。


 逆説的に考えれば、今直面している問題を解決するためにこそ、日々があるとも言える。


 自分ながらにこんな話は、柄ではないと思う。


 しかし、俺の魂は現世で消滅するのだ。

 メイの問題を先延ばしにすることはできない。



 メイに、銭湯にでも行ってこいと言った。

 すると、メイは自分の二の腕のあたりをクンクンして、首をかしげる。


 そして、数秒を開けて、何か閃いた顔をした。


 頬を赤らめると「はい。綺麗にしてきます」と言って、素直に従った。


 さて、また寝室に「メイは夜間入室禁止」のはり紙を貼っておくか。



 メイが外出したのを見計らって、俺はメイの実家に行くことにした。

 孤児院に行くとお母さん(シスター)が掃除をしていた。


 よかった、シスターの方と話がしたかったのだ。


 以前、メイに聞いたのだが、

 メイは孤児院の前に捨てられていたのではなく、事件に巻き込まれたところをシスターに救出されたらしい。


 だとすれば、事情を知っているのはシスターだろう。


 シスターもこちらに気づいた。

 先日の面接のことをシスターに話すと、中に通してくれた。


 「先日、メルドルフの神官に、法王からの密令について聞きました。メイさんは聖女と関係があるんですか?」


 「そうですか。あなたには話しておくべきですね。わたしは、元々はメイの母、つまり前聖女とは友人でした」


 やはりだ。

 スピリット・ヒールの件といい、そうとしか思えない。


 シスターは話を続けた。

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