第16項 レディに年齢を聞いてはいけません

 親父に呼び出された。

 用件は想像がつく。


 メイに入れ込み過ぎだと言われるのだろう。

 まぁ、マリーに入れ込んでるアンタには言われたくないがな。


 親父の部屋に入る。

 すると、意外と怒ってない……のか?


 父は重々しい口調で話し始める。

 「なぁ、ルークよ。女遊びするなとは言わん。だが、ツケで色々買い物しただろ。お前の作った借金で銀貨30枚の請求がきたぞ」


 ちょ、銀貨30枚。

 銀貨1枚で銅貨10枚……。


 メイの給料が月銅貨15枚(額面)程度だから……。

 ……メイの給料20ヶ月分!?


 

 わーぉ。

 随分いっちゃったな。



 金ってさ。

 作るのは大変なんだけど、使うのは簡単なのよね(遠い目)。


 親父の話はまだ続くようだ。

 「それでな。この借金なんだが、お前にも責任がある。メイと2人で払え。まぁ、お前が全額払っても一向に構わんが」


 2人で借金。

 2人の初の共同借金。


 なんか素敵な響きかもしれない……。


 親父はそんな俺の考えを見透かしたのか。

 「お前な。呑気な顔してるけれど、どうやって支払うつもりだ? お前、仕事してないだろう」



 え。 

 そうなの?


 貴族って職業じゃなかったの?


 まじかよ。

 俺様、ずっと自分が無職っていう認識なかったわ。



 俺もたまには反論したい。

 すねっかじりでも人権はある!!

 心の兵器庫のリーサルウェポン(入荷したて)がうなるぜ。


 「あのさ。前から思ってたが、ウチって使用人の給料安過ぎないか? メイなんて額面で銅貨15枚だぞ? 福利厚生(?)とか所得税とか引いたら、手元にほとんど残らないんだが?」


 いやぁ、俺様が無職なのは仕方ない。

 本当のことだし。


 だが、メイのことはマジでどうにかしたい。

 あいつ、普段からその辺の人助けたりしてそうだし。


 ご飯食べれてるの?

 可哀想すぎて胃が痛くなっちゃうよ。


 「ふむ。ところで、お前のツケ。街の服屋にいったのか? 東街のうんにゃらかんたらな道にある」


 キタ。

 こいつ、自ら地雷を踏みに来たぞ?



 青コーナーの俺は、上半身を♾️のかたちに振りはじめる。右足左足の高速シフトウェイトだ。


 「親父。少し俺も言いたいんだがな。あのマリーとかいうメイド連れて行ったの?(右ジャブ) 、揉手の店員がメイドさんによろしくっていってたぜ?(左フック)」


 「うっ。マリーなんて知らん(ガード)」


 「そうか? じゃあなんでマリーって単語が店員から出てきたんだ?(フェイント)」


 俺は畳み掛ける。

 

 「ほお。んじゃあ、義母上に話してもいいんだな?(右フック)、いかがわしい夜の正装を買いに来たって(左フック)、クラム家解散になっても知らんぞ?(フィニッシュブロー)」


 青コーナー、ルーク選手!!

 全弾必殺のデンプシー•ロールだぁ!!!!

 (ん? デンプシー? また前々前世の記憶か?)


 なんだか分からんが、このやり取り。

 打つのも(?)、話すのも。

 拳闘くらい疲れるわ。マジで。


 頼む。親父よ、マットに倒れてくれ……。


 「わかった。今回は銀貨10枚でいい。さすがにそのままスルーはできないからな。せめてそれくらいは自分でなんとかしろ」


 やった。

 譲歩を勝ち取ったぜ!!


 そして、心の兵器庫にはまだ武器がある風のやり取り。

 これが世にいう抑止力ってやつだな。 


 俺様ってもしかして天才か?

 当然、生まれた時から知っていたが。


 もしかして、これ。

 リリスに投下された賢さか?


 まぁ、銀貨10枚でも、無職の俺にはどうにもならない気はするがな。


 

 ちょっと、家に帰って寝てから作戦練るわ(既に自宅の中だが)。


 

 自分の部屋に戻り、メイを呼びつける。

 用事はない(純文学風)。



 親父と戦いながら気づいたことがある。

 今更だが。


 メイって何歳だ?

 前は興味がなさすぎて気にしたこともなかった。


 「お前、何歳だ?」


 メイはもじもじしている。

 「どうして知りたいんですか?」


 はい。きた。

 めんどうくさいやつ。


 「いやな、父上に金遣いで詰められてな。お前を働かせるのに、身体を使ってどんな仕事をできるか確認するためだ」


 

 悪役ロールプレイやりすぎたか?

 


 メイは……。

 

 泣いて……、いや、泣きながらなんか口を尖らせてるぞ。


 こいつ器用だな。

 泣きながら怒るとか、もはやピカソール先生の抽象画の世界だ。


 いやぁ。でも、この表情の不安定感。 

 可愛すぎるだろ。


 美少女だけの特権だな。

 もはや神々しいほどだぜ……。

 

 メイの泣き顔も好きだが。

 俺様自身が辛いのよ。

 リリスに投下された良心が、俺の胃の中で大暴れするのだ。

 

 はらり。

 

 ぬ、抜け毛だ……。



 すると、メイがサッと拾う。

 そして、抜け毛と俺の頭皮を見比べる。



 数秒おいて。


 なんかバツが悪そうなニヤけたような顔になって、後ろに隠された。

 

 

 は?

 さっきの仕返しか?

 コイツ、最後にニヤッとしたぞ!!


 覚えたての抽象画テク連発しやがって。

 今の俺は攻撃されてるのか?



 でも、俺様は負けない。

 メイの歳もだけど、誕生日を知りたいのよ。

 こいつ、履歴書にも誕生日とか書いてなかったのよね。


 ……なんかの事情があって働けない歳でウチにきたのかもな。



 誕生日知らんとサプライズとかできんし……。


 たまには素直になってみるか。

 「歳と誕生日いつ? 知らんとこっちが困るんだよ。 色々してやれないだろ?」


 メイは青ざめる。 

 「知らんと困る? 色々される? わたし、どこかいかがわしいところに売り飛ばされちゃうんですか……?」


 あー、捻りが足りなかった。

 すげー後悔。

 自分の専属メイドを舐めてたわ。


 神様いますかー?

 今のナシでお願いします。


 メイは紙とペンを持ち出す。

 

 おい!

 それもうやめて!

 きっと皆んな(?)飽きてるから!!


 あれ、白封筒の墨書き「さよならのわたし」ってなってる。


 無駄に対応力あるなこいつ。

 パターン変えてきたよ。



 ……ぐすっ。

 「わたし、19歳です。 今日で19歳になりました」


 え?

 まじ?


 誕生日、今日じゃん。


 プレゼント用意してないし。

 親父に詰められた当日に、つけ払いの罪を重ねる勇気ないよ。おれ。

 

 

 ちょっと、とりあえずこの場は解散だ!!

 


 メイを部屋から追い出すと街に走る。

 プレゼントとケーキを用意するんだ!!


 

 商店街につくと、アクセサリー屋を探す。

 すると、おれの視界に入った店は、バタンバタンと閉店していく。

 

 ……そうだ。俺は領民に嫌われてるんだったわ。

 自分でしでかしたことだが、悲しくなるな。



 本気で走り回った。


 そして、孤児院の前で売っていた小さなケーキ。

 蒸しパンにクリームを乗っけただけの簡素なケーキだ。


 「これをくれ」


 そして、隣にあった手作りのブローチ。

 子供が作ったのかな?

 なんだかヨレヨレしている。


 こんなのでも無いよりはマシだろう。


 「これもくれ」


 店員の子供が、不安そうに。

 「両方で銅貨1枚です……」


 そこで俺様は気づく。

 金持ってない。


 ええい、罪を重ねるが仕方がない。


 「ツケば……」


 子供と目が合う。


 いや、ここ。

 そーいうのできないのよね。


 きっと、みんな明日の金にも困ってるし。


 ポケットをまさぐる。

 何も入ってない。  


 あ、なんか靴の裏に違和感があるぞ。


 靴を脱ぐと、靴紐の間に銅貨が挟まってきた。

 『この前、メイにボーナス用意したときのだ』


 それで代金を払う。


 用事も済んだし屋敷に急がねば。


 孤児院の裏にピーマン畑が見えた気がした。

 ——こんなとこに、あんなのあったっけ?



 屋敷に着くと、メイを呼び出す。


 そして、プレゼントとケーキを用意したテーブルの方を指差した。


 

 メイは、それに気づくと手で口を押さえて、右手にもっていた白い封筒を落とした。


 おーい。またなんか勘違いしてませんかー?


 そして、テーブルに駆け寄ると、ブローチを手に取る。


 「それ、プレゼントだ。本当はどうでもいいんだけどな。誕生日をきいちゃったからな。哀れなお前への同情だ。ケーキは、俺も食いたいなら切ってくれ」


 俺は頭を掻きながら続ける。

 「簡単な物しか用意できなくてすまなかったな。まぁ、卑しいお前にはそれくらいが……」


 ……!

 

 言い終わる前に、メイが俺に抱きついてきた。

 何がなんだかわからない。


 メイの目には大粒の涙。

 いままで見たことがないくらい沢山の涙。


 「ルーク様! これ、街の教会で子供達が売ってたヤツですよね? 子供達よろこんでましたか?」


 おれは意味が分からず頷く。


 「これ選んでくれて本当に嬉しい!! どんな宝石がついたペンダントよりも嬉しい!! いままでもらったどんなものよりも嬉しいです。ずっとずっとずっと一生大切にします。ルーク様。わたしは、心のお優しい貴方にお仕えできて本当に幸せ者です……」


 は?


 心優しい?


 意味わからんよ。



 でも、まぁ。

 メイが喜んでくれたのなら良かったわ。


 

 涙がおちつくと、メイが俺の胸に顔をうずめながら言うのだ。

 「ルーク様。ルーク様。メイも貴方にお返しがしたいです。誕生日はいつですか?」


 おい、おまえ。

 おれの専属メイドなのに知らんのかよ!!


 これは恋の成就は遠そうだな。


 「……先一昨日。俺の誕生日は4月1日。エイプリルフール。俺にお似合いだろ?」


 すると、メイはバッと身体を離して。


 走って白い封筒を拾いに行く。

 そして、ペンで何かかきはじめる。


 「ごめんなさい。ルーク様のお誕生日終わってるじゃないですか!!」


 「いや、いいよ。もう誕生日が嬉しい歳でもないしな。あっ、お詫びに死ぬとか言い出すなよ?」


 「そういう訳にはいきません。じゃあ、せめてわたしの初めてを……」


 そういうとメイはメイド服を脱ぎ始める。

 女性が服を脱ぐ姿って色っぽい。

 好きな相手なら尚更だ。


 ずっと見ていたい衝動を抑えて、メイを静止する。


 「そういうのいいから。それよりもケーキを早く準備しろ。こっちは街を走り回って腹ペコなんだよ」


 すると、メイはまた嬉しそうな顔をする。

 そして、タタッとケーキの方に行くのだった。



 メイが居た足下には、白い封筒が落ちている。

 封筒には「親愛なるルーク様へ」と書いてある。


 おれさま……。

 俺は、お前がそばに居てくれるだけで十分なんだがな。


 分かってもらうにはまだまだ時間がかかりそうだ。

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