第15項 メイとデートの時間です

 

 メイとランチに行くことにした(いや、まだ誘ってはいないけれど)。

 

 店員Aとだけ行くなんて、普通にずるいだろ。


 メイを呼び出して命ずる。

 「おい。父上の依頼で、ワインセラーを調べに行くぞ。毒見役が必要だからな。お前も付き合え」


 はぁ……、普通に誘えないって。

 悪役ロールプレイも疲れるぜ。

 それにしても、気苦労が多過ぎて最近、抜け毛が多いんだけど。


 

 時間になって、待ち合わせ場所に行く(デート感楽しみたいから現地集合だ)。

 まぁ、案の定、メイはメイド服だった。

 いや、メイド服のメイ、世界最高に可愛いんだよ?


 でもね?


 お出かけするときは、やめようね?


 そのビジネスライクの出立ち。

 俺様悲しくなっちゃうからさ。



 事前に予約した店に行きたいところなのだがね。

 こいつをこのまま連れて行ったら、スタッフと思われてオーダー頼まれそうだよ。


 なので、まずは服屋にいく。

 メイの私服。

 正直、すごく見てみたい。


 しかしだ。

 こいつの日常生活見てると、私服を持ってるとは思えん。


 この前の銅貨も見ず知らずの子供の薬代で消えたらしいからな。

 それにしても銅貨50枚って。

 ハイポーションとかエリクサー買えるんじゃ。

 どんだけ高級な薬を振舞ったんだか。


 メイにいう。

 「お前の私服を見に行くぞ。文句言わずについてこい」

 

 見て見て、この勇ましい感じ。

 まさしく俺についてこい系男子(まぁ、そのまま言葉で『ついてこい』って伝えたが)だよね。


 メイの反応はどうだ……?

 「あの。いきなり服を下さるなんて、死装束なのですか? でしたら、純白の着物がいいです。せめて最後くらいは汚れない格好で……」


 おいおい。真意が全く伝わってねーぞ。

 

 え、着物?

 何それ。


 こいつ、時々、意味不明なこというんだよな。

 まだ死ぬとか言ってるし。


 まぁ、これに付き合ってると日が暮れてしまうので、半ば強引に服屋に連れ込む。


 すると、メイはギュッと目を閉じている。

 なんか激しく勘違いしている気もするが。


 なんだか口を尖らせてるような……?


 あれ、もしかして、キスされたいのか?

 この人。


 口を近づけると……、目が見えてないハズのメイが答えた。

 「あの。わたし、お婆さんにキスは結婚するまでしてはいけないと言われてるんです。キスしたら赤ちゃんできちゃうので」


 おいおい。お前、絶対に確信犯だろ。

 わかってて、俺をからかってるよな?


 それにしても、お母さんとお婆さん。

 親子2代で、なんてアドバイスをくれたもんだ。

 鉄壁のガードだぜ。



 カラン。


 洋服屋に入る。

 入ると、店員が揉手で寄って来た。

 

 「この子に似合う服を見繕ってくれ。代金はクラム家持ちで」


 すると、店員はジトーっとした目でメイを見定め。

 「なるほど。クラム家の方でしたら……。夜の正装ですね。かしこまり……」


 おい! 勝手に畏まらないでくれ。

 それに、なんでクラムで『なるほど』なんだ?

 クラムは無味乾燥なただの固有名詞のはずだが。

 

 なんで、どいつもこいつも。

 俺の生前の悪行のせいか?


 いや、でも、そっち関係はあまり何もないはずだんだけれど。


 俺は閃いてしまった。

 親父だ。

 絶対そうだ。

 

 しかも、店員のあの反応。

 メイドを連れてきてるっぽい。


 まじかよ。

 うちやべーな。


 まだクラム家解散とか困るんだが?


 まだメイの心を掴めていない。

 いまメイをリリースしちゃったら、1回目ループの「わたし結婚します」になるぞ。たぶん。

 

 2000%自己保身のために、親父の秘密は墓場までもっていくことにした。


 

 お袋、ごめん!


 

 それにしても、親父の専属メイドって誰?

 たしかマリーとかいう、あの巨漢のマダムっぽい人か。


 おやじもよくやるぜ。

 いやー、ほんと専属がメイで本当に良かったわ。

 

 もしマリーが専属だったら、この作品のタイトル。

「悪役貴族の俺様は、0回目のループで成仏する」になってたと思う。

 

 そのテーマで起承転結とか。

 ないわー……。


 まぁ、親父の話は、もしかすると後々、交渉に役立つ可能性がある。

 墓場はやめて、心の兵器庫にしまっておこう。


 

 そういえば、メイはどうしてるかな。

 つい心の叫びに夢中で放置してしまった。


 すると、夜の正装に着替えていた。

 ひらひらのレースで、フレアの入ったやつだ。


 いやぁ、可愛すぎる。犯罪だわ。ある意味。


 とりあえず、これも買うとして。

 私服(死服じゃなく)も選んで欲しいんですが。


 俺の意を察したのか、店員がセレクトして更衣室のカーテンを開けてくれる。

 ん。


 ジャーン。

 

 ……限りなくメイド風のヤツですね。


 店員さーん。

 プロフェッショナルすぎます。

 いやはや、提案力高すぎ。


 今度は今度で俺の意を汲みすぎだろ。


 とりあえず、これも俺が買うとして。

 

 ホント、どいつもこいつも。

 面倒になってきたんで、俺様自ら選ぶ。

 


 ……どうだ?

 


 メイが右手の人差し指と親指で俺のシャツの袖口を引っ張り。

 控え目に感想をいう。

 「ルーク様。ルーク様。このお洋服、お仕事にも使えそうですね?」


 ……。


 諦観って、こういう時のためにある言葉だよね。


 色々と面倒になってきた。

 「店員さーん。あそこのマネキンが着てるやつ、丸ごとくださーい!」



 さて、メイさんや。

 気づけば予約の時間とっくに過ぎてますよ。



 紙袋も持てきれないくらいに増えちゃって。

 

 ハァ。デートが台無しだぜ。


 すると、メイがゴソゴソと何か出してきた。

 お弁当だ。

 

 「あの、今日、お仕事終わったら、一緒にご飯食べるのかな、と思って、これ持ってきたんです」


 「お前の手作りか?」


 「はい。わたしデートでお店で食べたこととかないから。これくらいしか思いつかなくて」


 『マジか、三つ星フレンチの料理より超嬉しいんですが』

 

 ……。

 

 ん?

 デート?

 こいつ、今、デートって言ったよね?!!!


 やばいついニヤニヤしてしまった。

 メイが不審そうにこっちを見ている。

 

 「捨てるのも勿体無いからな。食ってやる」


 パクッと一口つまんでみる。

 メイは心配そうな顔をしている。

 「……どうですか?」


 いやぁ、ホントは絶賛したいんだけれどね。

 「まぁ、悪くない。ウチのシェフの料理よりは、全然マシなんじゃないか?」


 メイはすごく嬉しそうな顔をしている。


 「残さず食べていただいて、ありがとうございます」


 「ん。あぁ、俺はフードロス予防委員会の会長だからな。言ってなかったっけ?」


 メイは感動しているようだ。

 まじで、こいつチョロいな。

 そして、そのチョロさすら可愛いんだけどな。


 そんなこんなで、残さずに食べて立ち上がる。



 ガサっ。


 

 ……何か落ちたぞ。


 白い封筒に、墨書きで「遺書」の文字が見えるんだが。


 ゴシゴシ。

 俺が目を擦って再び開けると消えていた。

 目の錯覚??


 なんか心の目で「ワイン試飲にて旅立つ不幸をお許しください」っていう本文が見えた気がする。


 ……なにかの開眼?

 

 


 ちょ……。


 

 メイが俺様の手を握って走り出す。

 嬉しそうにニコニコしながら。


 「ちょっと、待てよ」


 使用人のくせに、主人の手を握るなんて。

 不敬だぞ。

 

 握り返しても文句言えないんだからな。

 俺はその手をぎゅっと握り返した。


 メイは走りながら。

 そして、麦わら帽子を手で押さえながら言った。

 「今度、わたしの家に遊び…きて……く…ませんか〜?」


 え、何。

 風が強くてマジで聞こえない。

 

 メイは悪戯っぽい顔で。

 「なんでもないですっ」


 そのまま俺の手を振り払う。

 俺は、メイの手をもう一度握りたくて……その背を追いかける。


 屋敷に向かって2人で駆けっこをした。

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