第4話

 俺はきちんとシートに座り直し、ベルトを装着。頭にはやっぱり布団を被った。

 スーツはもう窓のすぐ横にまでやってきていた。

 ひとりがドアノブを掴もうとするその刹那、Pジェロは急発進。

 ギャギャギャ!ではなくゴゴゴ!とタイヤが鳴った。

「あっ! こらー! 待てっちゅうー……っ!!」

 男の怒鳴り声とパッシングをかます奴らの車の灯りが後方にばっと飛び去った。


 登り口を探しているのか、あるいはスーツの連中への牽制か、ノロノロと蛇行運転をしていた前の連中にはすぐに追いついた。

 と、その車列の中央からJープがうなりを上げ加速を始める。

 サーチライトが示した道筋に気付いたのは俺達だけじゃなかった。

「DY! 先越されたじゃねーか! 追えー!!」

 俺とVAがハモる。

「だー! 分かってるって!」

 Pジェロも法面に乗り上げた。

 えいやとばかりJープが法面を斜めに駆け上がり、一気にガードロープを突き破った!

 ……かと見えた次の瞬間思いっきり跳ね返され、後を追った俺等の真ん前を横切り、転げ落ちた。

 俺等は幸運だった。

 Jープの衝突したそこだけがガードロープが路面に垂れ下がり、DYはそこへすかさずPジェロを突っ込ませた。

 タイヤに巻き込まれ、直後フェンダーに当たったロープがババンッ!と跳ねた。

 こっちのパーツも、多分なんか飛んだ。


 高原道路へ上がった。

  あとは山登りの緩いワインディングロードが70キロ続く。

 布団を外し、後方を見た。街明かりが停まってみえた。

 デートでこれを見に来る連中が多い、田舎なりの綺麗な夜景だ。

 その少し手前、ゲートあたりでいくつかの光点が増えながら揺れた。追手だろう。

 垂直に上がる光もあった。ヘリだ。

「また大げさになってきたなぁ……」

 俺は首を傾げた。

「かまわねぇ!」

 VAが言った。

「ああ! あとは停まるまで走るだけじゃー!!」

 DYはさらにアクセルを踏み込んだ。

 

 俺たちだけは逃げ切ってやる! そして世界の秘密を暴くのだ!


 ……まぁ、そうはいかなかった。


 Pジェロは停まった。

 バリケードのH鋼がボンネットから突き破った格好で、沈黙した。

 俺等は、カタパルトから5キロのラインでスーツの一団に捕まった。

 横一列に並べられ、立膝を突かされ、両手は頭の後ろで組まされ。

「まぁそこでおとなしく見とけ、小僧ども」

 スーツのインカムから「スタート」とかなんとか聞こえた。

 と、俺等の左側、西海岸からの風が押してきた。

 トンネルの入口に立っていて、反対から大きなトラックが速力を上げてやって来る時のあれと同じだ。

 多分、雲さえもが押されていた。

 見れば遥か下から、なにか丸い塊が這い上がってきているのが見えた。

 リニアカタパルトで打ち上げられる巨大宇宙船。マジか。

「ケペラ合衆国の巡洋艦〝ハンサー29336〟だ」

 周囲のスーツが引き下がると、隊長あたりと思われる人物がやってきた。

「この星で彼らの動力源は使えん。次元の亀裂……まぁそれはいいか……不時着した彼らの船を脱出させるためにはコイツを使わざるを得なかったのだよ」

 そうだ。十年前、津波でオーシャンサイド全体が水浸しになった災害があった。

 それは隕石の落下なんかじゃなくて、この船だったんだ。


 ――思い出した。

 ソアといた、避難所でのあの数日を。

 それが何でそうなったのかはまるで覚えていない。

 シェルターに押し込まれた際、たまたま隣り合っただけだった気がする。

 俺達ふたりは肩を引っ付けて、あるいは手を繋いで、あるいは抱き合って、決して傍を離れなかった。

 トイレでさえ一緒だった。

 水が引き始め、彼女の親が迎えにきたその時まで……

 彼女が、かなり強引に俺から引き離されたのは、一番強く覚えているシーンだ。

 お互いの名前を長く長く、何度も何度も叫んでたっけ。

 なのに、

 互いが別々の家に戻ってしまえば、その数日のことなんてなかったみたい。

 学校で顔を合わせても、手を上げ合うのがせいぜい。

 ふたりの距離は離れることこそあれど、近づくことはもう決してなかった。

 小学校も中学校も高校も、ずっとおなじクラスだったってのに――


 シマ島西海岸のゼロ海抜を起点とし、標高差約4000メートル、島の最高地点まで数十キロ続く古代の溝と、塔。

 そこを、空気を切り裂く甲高い悲鳴と、その真逆の図太い鳴動を引き連れた雲の塊が駆け上がってくる。

 十分に加速された宇宙船――全長300メートル、先頭部の雲の後ろに見えてきた船体は、超長楕円型の青白い光の球――そこへさらに拍車がかけられる。最後尾に据えられた古代のロケットエンジンが点火された。

 凄まじい噴射と地響き。足元の砂利が震えて靴が沈んだ。

〝ラダー〟からほぼ垂直に飛びたった船。瞬間、視界は噴煙と砂埃で遮られた。

「いっけー!!!」

 俺達は――スーツの連中も含めて――口々にそう叫んでいた。

 煙で覆われた光点はやがて消え、星全体を揺るがすような爆音だけがいつまでも響き続けた。




 ……数年後。


 俺はダークスーツに身を包んで宇宙街の入口に立っていた。


 まったく馬鹿な話、あの騒ぎはすべてが仕組まれたスーツの選抜試験だったのだ。


『衛星打ち上げ時の規制区域への無断侵入で少年複数人を逮捕』


『本土へ移送』


 当時ニュースや新聞に出たのはその程度。

 

 捕まった俺等を含めたその複数人は研修所へ送られていた。


 今では姿かたちを変えてオーシャンサイドで〝スーツ〟をしている。


 俺みたいに文字通りのスーツで監視に就くのもいれば、DYのように居酒屋店主に偽装したり、VAみたいな内勤もいたりと、スーツの仕事も様々だった。



 冬の日。

 初恋の人、ソアを見た。

 マグレブの駅から横断歩道を渡ってきた彼女が、宇宙街の街頭に立つ俺に近づく。

 うん。すっかり大人の女性になった、彼女だ。

 そして、左手薬指に指輪が光る。


 俺は立哨中。前に手を組んだ形での待機は崩せない。こないだも、かまってきた小学生と遊んでしまって始末書ものだったのだ。

 それに俺は、顔も髪の色も昔の俺じゃない。そう、彼女が気づくはずはなかった。


 けど、

 すれ違いざま、上目遣いになったその表情。

 それが最後の、あの美術室の時とまるでかわっていなくって、きっと気付かれてるって確信した。

 俺はしかし振りかえることはできず、ただ、サングラス越しに空を仰いだんだ。


 ……て「やっぱ無理! ソアー!」

 振り向くと、ソアはすぐ傍で、こっちを向いて立っていた。

「カイー!」

 抱き合う俺達ふたりを、先輩達が漏らす「あーあ」の声と、まばらな拍手が包み込んだ。

 粗野だったけど、そこにだけが春を連れてきたかのように温かだった。

 カランと、指輪が側溝に落ちて消えた。


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スーツ 花園壜 @zashiki-ojisan-k

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