第3話

 車のリアシートに布団ごと押し込められた瞬間、カーラジオから日の変わる時報が鳴った。

 DYは親父のPジェロを乗ってきて、もちろんドライバーだ。

 ナビにVAが座ると、間髪入れずに走り出し、高原方面への通りを加速した。

 VAはニュースの流れるラジオを切り、替わりに手持ちの無線機をピーピーガーガーと言わせ始めた。

 俺はぶーたれてしばらくは横になったままでいたが、周囲の異変に気付いて体を起こした。

 こんな時間だと言うのに走っているバイクや車が多いのだ。

 抜きつ抜かれつ、距離が進むに連れ時折怒号が飛び交うようになってきた。

 DYも「しゃあねえ」と窓を開けて叫ぶ。

「こらマサムネ! 600のトレールとかやる気満々じゃねーの!」

「あん!? ヤマか! てめえ車とか! この卑怯者!」

「ヘッヘーだ!」

 そこでDYは窓を閉め「どうだ?」と黙ったまんまで無線の操作をしているVAに訊ねた。

「……入った!」

 VAは手早く出力を車のスピーカーに繋いで流した。

『落ち着きねえなぁ、このガキども』ザッ。

『これって、大半はただの暴走族でしょ?』ザッ。

 車列の中に警察あたりが混ざっている。あたり、というのはやはりスーツかも知れないと思ったからだ。

『Mーの記事を見たのがこんなにいるとは思えんが、な』ザッ。

『高原道路封鎖担当どうぞ』ザッ。

『……どうぞ』ザッ。

『大敷をかけろ! 繰り返す!大敷をかけろ!』ザッ。

「マジか!?」

 三人が声を揃えて叫んだ。

 通せん坊だけじゃなく、捕まえるだと!?

 大敷というのは大敷網。魚の通り道を遮断して袋網に誘導して捕えるというこのまちで使われる漁網の一種だ。

 つまりこの騒ぎの一団を皆捕らえてしまおうというのだ。

「大敷ってなら!」

 DYは急減速しつつ、ガツンとハンドルを切った。

「手前なほど逃げやすいっと!」

 車は一旦横に逸れ、少し離れたところをまた曲がってさっきの道と並走する小道へ入った。

 ほとんどの車はそのまんま、スカイラインや高原道路と呼ばれる街道を走っていったが、何やら察知した数台はすぐこっちに続き、何台かはUターンして追ってきた。

 無線によるとUターンしたのは「S一〇二からS一〇四、S一〇七」

 S、やはりスーツだろう。

「網はゲートのところかな?昔ドライブインがあったとこ」

 DYが叫んだ。

「そこやり過ごしたら高原道路に戻るぞ!」

「おお!」と俺。

「いやいやいや!」

 とVAが首を大きく振る。

 ヘッドランプの赤色が、ドラマに出てきた機械化宇宙人が出す光のように不規則に車内に乱反射した。

「この先上がる道はもうないぞ!」

 暗がりで地図を必死に指差した。

「見えねえっちゅう! お前はヘッドランプしてっからいいけど!」今度は俺とDYがハモった。


 高原道路のゲート付近は水銀灯で真昼のように明るかった。

 閉められたゲートと、どうあがいても突破できそうにないバリケードが遠目にもよく分かった。

 多くのバイクや車が、それこそ追い詰められた魚のように渦を巻きつつ、袋網――昔のドライブイン跡の広場の中へと、急速に追い詰められていった。

 何台かそこを逃れ引き返そうとしたが、皆ロボットみたいに重装備の警官とパトカーに行く手を阻まれてギブアップの手を上げていた。

 俺等の走る道はその光景に近づき、横を掠め、高原道路と並走を始めた。

 サーチライトが向けられた時、こちらの道と高原道路の間の法面が照らし出された。

 それは一瞬、まるでそこに道筋を示すかのような錯覚を起こさせた。

「あ、そこか」

 とDYもそれを見逃してはいなかった。

 そしておもむろに車を停めて、シフトをガチャガチャし始めた。

 付いてきていた車列が加速気味に俺等の横を通り過ぎ、続いてスーツの車。

 三台が車列の後を追い、一台は俺等のすぐ後ろに停車した。

「切り替えよしっと」

 ミラー越しに降りてきたスーツを見つつ、DYが笑った。

「いいねぇ四駆!」

 VAが声を上げた。

 もう、ここからはマンガだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る