第54話 オースティンside19
ついに痺れを切らして、サルバリー王国から逃げるようにペイスリーブ王国の王城へ父と母と共に足を運んだ。
急いで事情を説明して「今すぐにアシュリーに会わせてくれ」と頼むが、中から出てきた執事が抑揚のない声で「ギルバート殿下とアシュリー様は公務で出かけております」と言うだけだった。
もしかしたら嘘をついているのかもしれないと、引き下がるわけにもいかず、アシュリーに頼みたいことがあるんだと命令するものの、表情一つ動かさずに「いつ戻るか、我々は聞かされておりません」と繰り返し答えるだけだった。
こんな所でずっと騒ぎ続けるわけにもいかずに、仕方なく一度馬車へと戻る。
今のオースティンの状況では何度もペイスリーブ王国に行き来することはできない。
医師のカルゴがついてるとはいえ、これ以上は危険だと言った。
それにここに来るまで魔獣の脅威に晒されて何人かの騎士が戦ったがまったく歯が立たなかった。
サルバリー王国が魔獣によってぐちゃぐちゃに荒らされる様をこの目で見ることになった。
(なんてタイミングの悪さなんだ。そもそもアシュリーが手紙の返信を寄越さないからこんなことになったんだっ)
ギルバートとアシュリーは仲良く公務に行って、オースティンはユイナを失い病は進行し続けて立ち上がれないほどの高熱に魘されている。
(まだ何か条件を提示すれば……!けれどギルバートをどう説得すればいい!?ペイスリーブ王国には脅しは通用しないし、下手なことをすれば返り討ちにあうかもしれない……どうにかしてアシュリーを従わせることはできないだろうか)
サルバリー王国は今までずっとアシュリーの力で命を繋いできたことを思い知る。
しかしエルネット公爵達の金の無心と厚かましい態度のせいで憎しみばかりを募らせていた。
もしアシュリーの事情に気づいて状況の把握さえできていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
(もっと早くアシュリーと結婚していれば……こんなことになるならっ)
今更、選択を誤ったのだと気づいたとしても素直に認めることはできそうになかった。
結局現状は何も変わらぬままサルバリー王国に帰ろうとした時だった。
フラフラとした足取りで門の柵を掴み、大声で叫んでいる薄汚い格好をしている男女がいた。
よく目を凝らして見てみると、そこには……。
「あれは……まさか、エルネット公爵か?」
「嘘……でしょう!?」
そこには見窄らしい格好をしているエルネット公爵と夫人の姿があった。
派手なドレスと煌びやかで大ぶりなアクセサリーを着けていた公爵夫人は今は薄汚れたワンピース一枚だけ。
公爵に至っては膨よかだった体型は痩せ細り見る影もない。
するとエルネット公爵達は柵に掴みかかり、執事に向かって必死に手を伸ばす。
「少しでいい……ッアシュリーに、アシュリーに会わせてくれ!」
「アシュリー様はギルバート殿下と公務に出かけております」
「昨日も一昨日もそう言っていたぞ……!本当は王城にいるのだろう!?」
「契約書に書かれている通り、アシュリー様に関してあなたたちには何の権利もございません。これ以上、騒ぐようならばサルバリー王家に責任を取っていただきます」
「貴様ら、誰に向かって口を利いている!我々は由緒正しきエルネット公爵家だぞ……!?」
「そうよ!今すぐ謝罪なさいッ」
見苦しくも地団駄を踏みながら叫ぶエルネット公爵と夫人の姿は見ていられなかった。
懸命に見栄を張っているがその姿はもう……。
「でしたら正式に予定を組んでいらしてくださいませ」
「アシュリーに会わせてくれるだけでいいのよっ!少しだけでいいの……!アシュリーが結婚してから一度も会っていないのよッ!?親子なのにおかしいわよね!?」
エルネット公爵たちはアシュリーが結婚してから、 一度も顔を合わせていないようだ。
しかしループ伯爵の話を聞いた後ではそれも当然のように思えた。
それにもう大金と引き換えにロイスとアシュリーを手放したのはエルネット公爵たち自身なのだ。
涙ぐむエルネット公爵夫人にも表情を変えることなく、執事は右手を上げながら淡々と言い放つ。
するとすぐに騎士がやってくる。
「アシュリー様がそう望んでおられるのです」
「あの子がそんなことを言うわけないでしょう!?あの男のせいよ!あの男が邪魔しているに違いないわ。アシュリーに今すぐ会わせて!会わせてよぉお……っ!」
悲痛な叫び声が響いていた。
「少しでいいから金を貸してくれ」「アシュリーに会わせて」「今すぐ話をさせてくれ」
エルネット公爵たちが惨めに縋りつく様に言葉を失っていた。
「お帰りくださいませ」
「……頼む、頼むからぁ!」
「離してっ、離してよ……!」
会話から察するに、このようなやり取りは日常的に行われているのだろう。
騎士たちに引きずられて悲鳴のような叫び声を聞きながらエルネット公爵たちは投げ捨てられるように去った。
オースティンは衝撃的な変貌が目に焼きついて離れない。
そして自分がこうなってしまうのではと思うと頭がおかしくなってしまいそうだった。
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