第53話 オースティンside18
──翌朝
オースティンは重い足取りで廊下を歩いていた。
今日もユイナがいる部屋に自ら足を運んでいた。
どうにかしてユイナに国のために働いてもらわなければならない。
少し歩くだけでも息苦しさを感じる。
壁に手をついてから痛む胸を押さえた。
(父上や母上がアシュリーに手紙を送っているのに、返事が返ってきたことは一度もないと言っていた……)
スッと背筋が寒くなる。
こんな感覚になったのは久しぶりだった。
常に付き纏っていた死の恐怖が、再びすぐ後ろまで迫っているような気がした。
(っ、大丈夫……!大丈夫に決まっているっ!)
やっとの思いでユイナの部屋の前に辿り着く。
しかし何故かユイナ部屋の前には人集りができていた。
それに侍女や騎士たちはひどく焦っているように見えた。
「ごほっ、こんなところでっ……何を、しているんだ?」
「オースティン殿下……!」
「オースティン殿下ッ」
「っ、まさか、またユイナに何かあったのか!?」
「……っ」
気不味そうに視線を逸らして、困惑している騎士や侍女たちの中を掻きわけてからユイナの部屋を覗き込む。
「え……?」
そこには以前見た時と変わらない部屋があった。
ただそこにユイナの姿だけがない。
「ユ、ユイナ様はどうやって部屋の外に出ていたかわかりません!二人でしっかりと見張っておりました……!」
「それなのに、ユイナ様は……っ」
「昨夜もベッドで眠っていたのを私は何度も確認しております」
新しく入った侍女は寡黙だがよく働いていた。
もう一人の侍女も涙を溢しながら謝っている。
オースティンは頭が真っ白になっていた。
(またユイナが逃げ出したのか!?早く捕まえなくては……!俺がっ)
どんな手を使ったかはわからないがユイナはこの部屋から逃げた。
「今すぐ、父上に知らせてくれ!」
「か、かしこまりました」
オースティンはフラリフラリと部屋の中を歩き回っていた。
ユイナのベッドの隣にあるサイドテーブルには『ごめんなさい、サヨナラ』と、殴り書きのように書かれたメモが残されていた。
所々、涙の跡で筆跡が滲んでいた。
ユイナの残したメモを持ったままオースティンは呆然とその場に立ち尽くしていた。
その後、すぐにユイナの捜索が行われた。
王宮も街も隅々まで探したが目撃情報すらない。
侍女たちは交代しながら夜通し扉の前にずっと控えていたそうだ。
騎士たちだって待機している。
昼間は侍女が一時間に一度はユイナの姿を確認しており、昨晩までは部屋の中にいたはずだった。
窓から出ることは絶対に不可能。
ユイナが逃げ出してから部屋を移動しており、王宮の断崖絶壁の壁を降りることなどできはしない。
そんなことをしたら死んでしまう。
以前ユイナが出て行った時とは違い、部屋から出た痕跡はどこを探しても見当たらなかった。
まるで魔法のようにユイナは忽然と姿を消したのだ。
ユイナが消えてその日からオースティンは高熱と関節の痛みが続いていた。
息苦しさと呼吸ができないほどの咳が容赦なくオースティンを追い詰めていく。
(もう、嫌だ……俺は、一体何を……!なんでっ……何故こんなことに)
急激に悪化していく体調に為す術はなく、ユイナの捜索は続けていたが、一週間経って諦めることとなる。
サルバリー王家はある情報を発表した。
〝異世界の聖女が消えた〟
そんな噂は、すぐに国中に広がり大きな話題となった。
治療を受けていた貴族たちも怒りを露わにして、国民たちも魔獣に怯えて王宮には人が押し寄せた。
ユイナは部屋にいたはずなのに急に消えてしまったと伝えるしかなかった。
それで納得してくれるはずもなく王宮には毎日怒号が響き渡っていた。
不満と不安は大きく膨らんでいく。
そして王家の責任を問う声が多く上がっていった。
(このままでは……!)
どうにかして鎮めなければと思いながらも、オースティンは動けなくなり病はどんどんと悪化していく。
しかしそれは他の貴族たちも同じだった。
病に蝕まれて死の恐怖に皆、怯えて恐れている。
どうしようもない苛立ちを王家にぶつけてくるのだ。
(……あの時、あんなことを言わなければ!)
こうなった以上、残された道はアシュリーを頼ることだけだった。
しかしペイスリーブ国王やギルバートの許可が必要。
簡単にアシュリーに手出しはできないのが現状だ。
ペイスリーブ王家にどうにかして頼み込むしか方法はない。
アシュリーはもうサルバリー王国の人間ではないのだから。
(アシュリーに会うことさえできれば……!俺が言えば、もしかしたら助けてくれるかもしれないっ)
しかし何度かアシュリー宛に手紙を送っても、返事が返ってくることはなかった。
ペイスリーブ王家に直接手紙を送っても拒絶されるだけ。
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