第34話 オースティンside8


そしてループ伯爵も約束の時間を待たずにして杖を突かなければいけなくなってしまったと……。

それを聞いた医師は、ユイナの力は始めがピークだとすれば、回数を重ねれば重ねるほどに治療の効果はどんどんと薄れていっているのではないかと話した。


それを聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。

父や母も信じられないといいたげに、目を見開き首を横に振る。

この事実を認めたくなかった。認められるわけがないのだ。


もしもそれが事実ならばオースティンたちは取り返しのつかない間違いを犯したことになる。


(……嘘、だろ?まさか、こんなことが起こるなんて)


そんなタイミングで結界が作用しておらず、辺境の地では魔獣が入り込んでいるという報告が入る。

別の道を探すとなればユイナの力を根本的に引き上げることだが、この国に魔法を使える者はおらずサルバリー王国にいる限り魔力の底上げは不可能。


ユイナを魔法が発達する国に送るか、魔法を使える者に来てもらい原因を解明するとしても、時間がかかりすぎてしまう。

その前に魔獣が国に入り込んで、国がめちゃくちゃになってしまう。


今、サルバリー王家は厳しい選択を迫られていた。

母はオースティンの命には代えられないと、なんとしてもユイナの力を使って治療を続けさせるべきだと言った。


しかしユイナはアシュリーとは違い、自分の意志がハッキリしており感情的だ。

一度こうと決めたらなかなか考えを曲げない。

それに少しでも厳しいことを言えば、すぐに泣き出したり、部屋に閉じこもってしまう。

ユイナから無礼な態度を取られ続けたとしても、異世界から来たということもありどうすることもできなかった。

病を抑えるためには彼女の力が必要不可欠だ。


歯痒い思いを抱えたまま一日、また一日と時間は過ぎていく。

最早、こうなってしまえば婚約披露パーティーなどをしている場合ではないのだが、国内外に招待状を配ってしまった。

ここでパーティーを中止にしたら王家の面目は丸潰れである。

体調に不安が残る中、準備は進められていく。


そんな中、ユイナのオーダードレスが仕上がったと連絡を受けた。

ドレスを持ってユイナに知らせに向かった。



「ユイナ、この間のドレスが仕上がったぞ。そろそろ顔を見せてくれないか?」



部屋の扉を叩くとバタバタという足音の後に、ユイナはすぐに部屋から出てきた。



「わぁ……すごい!」


「………」


「こんな素敵なドレスを着られるなんて夢みたい!」



こんな時ばかり目を輝かせるユイナに、拳を握り締めて怒りを抑えていた。

命の危険に晒されている自分にユイナを気遣う余裕などなかった。

ドレスや宝石、花やぬいぐるみに砂糖菓子、そんなくだらないものばかりに興味を示すのだ。


しかしこの間のこともあり、再び拒絶されないように慎重に動かなければならない。

あれからユイナに対して強く出ることができずにいた。


機嫌を取りながら欲しいものをぶら下げて治療させつつ、「王妃教育が嫌だ」と言い出せば慰めるということを延々と繰り返していた。

そして「疲れた」と言えば散歩やお茶に付き合い、愛を囁けとばかりに期待を込めた眼差しを向けられる。


毎日毎日、オースティンは頭がおかしくなりそうだった。

ユイナを気遣い、どんどんと精神を擦り減らしていく。


(……何て面倒くさい女なんだっ!)


この国の令嬢たちにはない天真爛漫な性格も一緒に過ごせば過ごすほどに稚拙に見えてくる。

少し前までは好ましいと思っていたすべてが、今は腹立たしくて仕方がなかった。


その度にアシュリーの姿がチラついた。

アシュリーならば何も物を強請らなかった。

アシュリーはいつも笑っていた。

アシュリーは黙って治療していた。

アシュリーは何も文句を言わずに王妃教育を終えた。

どうしてもユイナと比べてしまう。

そう思う度に自分の考えを改めるのだ。


(……クソッ!気分が悪い)


そしてループ伯爵の言葉もずっと気になっていた。

あの状況でアシュリーのために嘘をつくとは思えなかった。

アシュリーを庇ってもループ伯爵には何の得もないからだ。


エルネット公爵たちに家で治療をさせられて王宮で結界を張るために毎日通っていた。

エルネット公爵は金に執着してからは、気性も荒く言動も派手になっていった。

逃げ場のないアシュリーは外に出なかったのではなく、出られなかった。

すべてエルネット公爵と夫人にアシュリーの行動が管理されていたのだとしたら?


(なら、何故助けを求めなかったんだ!?いや、そもそもアシュリーに対して俺は……)


あの件からアシュリーをずっと嫌厭していた。

一方的に話しかけてくるのを苛々しながら無視していた。

結果が張り終わるとアシュリーが何を言っても黙っていた。

部屋から出ないようなら自分で部屋を出て行った。


(だが俺だって助けを求められたら、もしかしたら耳を貸したかもしれないだろう!?何も言わないアシュリーが悪いじゃないか!)


オースティンの心臓がドクドクと音を立てた。

自分は悪くない、そう言い聞かせてみても胸が騒ついて仕方がなかった。

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