第33話 オースティンside7
幼い頃は何度も熱に浮かされて生死を彷徨った。
呼吸が満足にできずに咳き込んで眠れない日々。
死の恐怖に怯えながらベッドの中で過ごしていたのだ。
病が治り、すべてが普通になり過ぎて、すっかり忘れていた。
予想が正しければ、恐らく次に治療を受けるループ伯爵や大臣も、自分ほどではなくとも何かを感じているのではないか。
伝承通りにユイナの力が一時的だとするならば早急に確認しなければならない。
それよりも目の前で肩を揺らして泣いているユイナを励ますのが先決だろう。
オースティンは命がかかっているかもしれないというのに、子供のように泣いているユイナに大きな苛立ちを感じていた。
(泣きたいのはこっちの方だ……!)
最近は何かにつけて「帰りたい」「私にはもう無理」と喚くため、周囲もユイナの機嫌を取るのに苦労していた。
(この国の王妃になれるというのに、何が気に入らないんだ!)
オースティンは唇を噛み締めて怒りを堪えていた。
二週間後にはオースティンとユイナの婚約披露パーティーが控えている。
ユイナにはマナー、ダンスに言葉遣いとまだまだ学んでもらいたいことが山のようにあった。
講師たちに話を聞けば、今のままではパーティーに出すどころか、小さなお茶会にすら出席させられないと言われていた。
こんな状態のユイナを披露したら間違いなく王家は恥をかくだろう、と。
(やはり異世界から来たユイナには、王妃は荷が重いのか……)
けれどユイナを手放すことは絶対にできはしない。
アシュリーから離れたいという気持ちが強く、そのためにはユイナを王妃にすることが一番手っ取り早い方法だと思っていた。
しかしこのままではどう考えても良くない方向に進んでいるような気がした。
(ユイナがもう少し頭の良い女ならば……!)
初めて会った時は快活で素直で直向きなユイナが好ましいと思っていたが、今となってはすべてが裏目に出ていた。
異世界から来たことを差し引いても、貴族社会において今のユイナの態度は砕けすぎており非常識になってしまう。
それを学ばせるためにこの国一番の講師たちを用意してはいるが、一向にユイナのやる気が見られない。
どんなに評判のいい講師もユイナに色々と教えていくうちに首を横に振る。
すぐに興味が逸れてしまったり泣き出したりと授業にならないようだ。
普通ならば厳しく叱り折檻するところだが、異世界の聖女であるユイナにはそれができなかった。
「つい焦って言い過ぎたみたいだ。すまなかった……ユイナ」
「もうこんなところ嫌っ!こんなに辛いなら王妃になんてなりたくないっ」
「一国の王妃になるということは……この国ではっ」
「オースティン様も最近は結界、治療、マナーって、そればかりで全然優しくないもの!」
「……っ!」
「周りの人たちもアレをしろ、コレをしろって次々に押し寄せてきて……!私は道具じゃないわ!なんで私ばかりこんな思いをしなきゃいけないの!?」
ユイナの言葉に苛立ちが波のように押し寄せてくる。
(以前は自分から治療をしたいと言っていたではないか!オースティン様の助けになるならと笑っていたくせに。王妃になれるなんて夢みたいと言っていた癖にっ……!)
それを思い出していくうちにオースティンの中で何かがプチッと切れた。
───バンッ!
オースティンは怒りが抑えきれなくなり、思いきり目の前のテーブルを叩いた。
「ひっ……!?」
「オースティン殿下、落ち着いてください!お体に障りますっ」
「……!」
引き攣った声と医師の宥めるような声にオースティンはハッと我に返る。
ユイナは真っ黒な瞳からポロポロと涙を溢していた。
「……わ、わたし」
「ユイナッ、これは違うんだ!」
「部屋に戻りますっ」
ユイナはオースティンの隣を走り去っていく。
そのまま部屋から出て行くと、それきり自室に篭って出てこなくなってしまった。
皆、迫り来る婚約披露パーティーに焦りを隠せない。
仕方なく父や母、宰相の元に報告に向かう。
そして自らの体に起きた不調や変化について話していた。
父や宰相は「まさか」と笑っていたが、体の怠さや咳が消えないこと。
そして医師ですら「ユイナ様の力が明らかに弱まっています」と言ったことが決め手となった。
「それは本当なのか……!?」
「えぇ、間違いありません。今回、発作が起こったことに加えて、オースティン殿下の病が少しずつ再発しているのは間違いないでしょう」
「だが、そんな……!信じられないっ」
「父上、俺も同意見です!このままでは公務にも差し障ります」
「しかしユイナの力は……今まで普通だったのにっ」
「一度、ユイナの治療を受けた者たちに聞き込みをしてもよいでしょうか……?気になることがあるのです」
「あ、あぁ……もちろん」
今までユイナから治療を受けた者たちを集めて医師が症状の良し悪しを聞き込んでいく。
すると驚くべき事が判明した。
それは自分が感じたのと同様に、次第に治療の効果はなくなっていったというものだった。
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