第22話
ギルバートはこの国で「結界を張る必要はない」とアシュリーに言った。
魔獣に対する対策がしっかりとできているからだそうだ。
特別な魔法が使えるからと過度に持て囃されることもなく、アシュリーは王太子妃として扱われていた。
力はアシュリーの気持ちに任せられることになり、魔獣と戦い傷ついた人を癒したりすることを中心に力を使うことを決めた。
それから流行病に苦しむ街に行って力を使った。
もちろん無償で。
アシュリーは確固たる地位を築き、国民からも大人気だった。
ギルバートは言葉通りにアシュリーを救い出し、さまざまな脅威から守ってくれた。
アシュリーは自由になり、自分の足でどこにだって行けた。
今、アシュリーはオースティンのことを考えることも馬鹿な両親のことを気にする必要もない。
治療を受けに人も訪ねては来ない。
責任をすべて擦り付けるような視線も、縋るような視線もない。
アシュリーにとって、まるで天国のような場所だった。
そしてギルバートと愛を順調に育んでいるように見せていた……と言うべきだろうか。
「君がそばにいるなんて夢みたいだよ、アシュリー」
「わたくしも……あなたがわたくしを助けてくださってよかったわ。ギルバート」
「ああ、アシュリー」
毎日、ギルバートは愛おしそうに口づけては抱きしめてくる。
「ありがとう」「愛している」「幸せだ」
こんなにもアシュリーを必要として求めてくれる。
心が傷だらけになっていたアシュリーにとって、ギルバートの愛は少しずつアシュリーを癒してくれる。
ただ存在を肯定してくれるギルバートに絆されそうになるのを必死で耐えていた。
(復讐が終わるまでは……わたくしは揺らがない)
彼はアシュリーに正体を明かした時から、ストッパーが外れてしまったかのように愛情を向けてくる。
あまりにも完璧すぎるギルバートに疑念を抱いてしまう。
心を許したら彼はどう変化するのだろう。
互いの目的のためにこうすることを決めたのはアシュリーとギルバートだ。
彼と一緒にいることで、本当に愛されているのではと勘違いしてしまいそうになる。
そう思うのと同時にこう思うのだ。
『また裏切られたら?』
オースティンの時のように急に仲が崩れてしまうこともあるだろう。
『わたくしが愛されるわけがない』
アシュリーはずっとオースティンに愛されようとしてきた。
また騙されるのではないか、利用されて捨てられてしまったらと思うと踏み出せない。
(ギルバート殿下が何を考えているか、よくわからないわ)
ペイスリーブ国王も王妃もギルバートがやっと結婚相手を見つけたことに安堵したらしい。
アシュリーは一通り王妃教育を終えていた。
多少なりとも文化の違いはあれど、この時ほどオースティンの婚約者でよかったと思ったことはない。
大っ嫌いな両親だがキチンと教育を受けさせてくれたことだけには感謝をしていた。
アシュリーは居心地がいいペイスリーブ王国が大好きだった。
クララもロイスもアシュリーのそばにいてくれる。
今までのように不当な扱いも、過度な働きもする必要はない。
(……こんな幸せが、あっていいのかしら)
大切な人に囲まれて自由を噛み締める度にアシュリーの空っぽだった心は満たされていく。
そしてサルバリー王国の噂を少しずつ聞いていた。
崩壊はもう始まっているようだ。
当たり前にあった幸せを奪い取り、徐々に彼奴らの背後へと迫りやって来るのだ。
「ギルバート、お疲れ様」
「ああ、久しぶりの一人の公務は寂しかったよ……アシュリー、おいで」
アシュリーは子供のようにギルバートの腕の中に飛び込んだ。
黒色の髪がサラリと流れた。
ギルバートの胸に寄り掛かりキスをする。
「お疲れですか?」
「少しね……今日は会議でオースティンに会ったよ」
「……!」
その言葉にアシュリーの心が騒めいた。
冷めきった瞳には、貼り付けたような笑みを浮かべているギルバートが映っていた。
「そんなに心配しなくてもいいよ。アシュリーが不安になる事は絶対に起こらない。そのために僕がいるんだよ」
「……えぇ」
「それに今日はとても空気が悪くて疲れてしまったんだ。彼は想像以上に腐っていたみたいだ……がっかりしたよ」
ギルバートは抑揚のない声で淡々と話していた。
周辺の国々が集まって重要な会議があったらしい。
ペイスリーブ王国の王太子で次期国王であるギルバートはもちろんのこと、同じ立場であるオースティンも参加していた。
「アシュリーの想像通り、彼の病は進行しているようだよ」
「そう。やっぱりそうだったのね」
「それから魔獣の対応に追われているのかサルバリー国王とオースティンは憔悴していたよ」
どうやらアシュリーの勘は当たっていたらしい。
アシュリーはギルバートと結婚して以来、ペイスリーブ王国国内で開かれるパーティーには参加しているが、国同士が関わる大きな式典にはまだ姿を現していない。
結婚式も待ってもらっている。
アシュリーがオースティンたちの前に姿を現すのはまだ先がいい。
「それに今日はユイナを見かけたよ。王子たちに囲まれて幸せそうに笑っていた」
「……ふふ、それは素敵ね」
王子たち……その言葉を聞いて笑みを深めた。
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