第23話
最後にオースティンとユイナに会ったのは、王宮にもう来なくてもいいと告げられたあの日。
オースティンと愛おしそうに抱き合うユイナの姿が今も脳裏に焼き付いている。
無垢な笑みを浮かべたユイナは、オースティンではない男と話していたという。
「あの人たちは気が気でないでしょうね」
「ああ、そうかもね」
ユイナが他の男性にも囲まれて幸せそうにしていたとすれば、プライドの高いオースティンにとっては、さぞ屈辱的だろう。
こちらの常識を異世界から来たユイナに強要するのも限界がある。
幼い頃からアシュリーという婚約者がいたオースティン。
今まで女性に振り回されたこともなく、機嫌など伺ったこともないはずだ。
「本物の聖女だと祭り上げられているけれど……その期待が大きければ大きいほどに彼女は苦しむことになるね」
「そうね、その通りだわ」
アシュリーはギルバートの頬に指を滑らせた。
「アシュリーは彼女を救いたいの?」
「……。わたくしがそんなことを思うと?」
その言葉に僅かだがアシュリーの指がピクリと動く。
「アシュリーは彼女のせいであんなことになったのに心配をするなんて、とっても良い子だね」
「違うわ……そういうことじゃないの」
視線を逸らすアシュリーの頬をギルバートのゴツゴツとした手のひらが包み込んだ。
「アシュリーの悩みはすべて僕が解決してあげたい。僕にできることがあったらなんでもするよ」
「……ギルバート」
「君は僕の女神なんだ」
ギルバートはアシュリーを見て嬉しそうな笑顔に目を細めた。
彼は時間の経過と共にアシュリーへの愛が増しているような気がした。
それはもはや崇拝に近いのかもしれない。
あまりにもなギルバートの変わりようにペイスリーブ国王や王妃、ロイスも驚いていた。
しかしアシュリーは内心戸惑いを感じていた。
自分にこんな風に愛される価値はあるのかがわからない。
そんな不安を払拭するかのようにギルバートはアシュリーを溺愛していた。
「わたくしは女神なんかじゃないわ。ギルバート、あなたは勘違いをしているのよ」
「こんなにも僕が愛を伝えているのに意地悪だな。まだ足りない?」
「十分、足りているわよ」
「そうかな?」
幸せの絶頂にいるであろうサルバリー王家とエルネット公爵家の未来を絶望に染め上げる。
そのためには心を殺し、利用できるものはすべて利用する。
その覚悟でアシュリーはここにいる。
互いの目的を理解して必要な準備を進めていく。
誰も邪魔させない。
あの憎たらしい顔を思い出すだけでアシュリーは正気ではいられない。
はらわたが煮えくり返るのだ。
(今すぐにぐちゃぐちゃにしたい……二度と立ち上がれないように、わたくしの視界に入らないようにしないと)
その気持ちは時間と共に増すばかり。
アシュリーは自分の意思でオースティンから逃げてもよかった。
意味の分からない責任感に囚われて、王家のためにとがんばり続けていた。
両親に対しても同じことが言えるだろう。
壊したくないからと怯えてばかりいた。
結果、自らの首を締め続けた。
この事態は、一歩踏み出す勇気を持てずに部屋に閉じこもってばかりいた自分のせいでもあるのだから。
「僕は君を手に入れたのだと周囲に見せつけたいのかもしれない。でもアシュリーが嫌だったら……」
「嫌じゃないわ。必要とあらば後ろ指を指されたっていい。笑い者になったっていいわ……わたくしは目的のためなら何だってする」
「……アシュリー」
アシュリーはギルバートとの幸せを得たとしても、心の中の憎しみは消えはしない。
彼らが最後まで転げ落ちた時……苦しみ悶える様を見て初めて心から笑えるのだ。
ギルバートは話題を変えるようにアシュリーの髪を梳いた。
「……そのドレス、とてもよく似合ってるね」
今、アシュリーはギルバートから贈られたドレスを着ていた。
肌を全て覆い隠すようなレース生地、その色は黒か赤……以前のアシュリーとはまったく真逆のイメージだろう。
周囲にはギルバートの髪色と瞳の色のドレスを好んでいるように見えるだろう。
しかし以前のアシュリーを彷彿とさせる色は身に纏いたくはなかった。
「ありがとう」
「アシュリーの真っ白な肌に黒はよく映えるね……まるでビスクドールのようだ」
「ふふっ……」
ゾッとするような美しさと雪のように白い肌。
そこに血のような真っ赤な紅を塗り、濃い色のドレスで肌の白さを引き立てていく。
端正な顔立ちをしているギルバートの隣に立っても引けを取らないように努力はしていた。
オースティンの好みとはあえて逆にしている。
(これが新しい自分よ……もう誰にも従わない)
そんなアシュリーの気持ちを理解しているギルバートはドレスをプレゼントしてくれる。
「この黒のドレスが一番のお気に入りなの。この間買ってくださったボンネットともよく似合うのよ」
「そうだね。以前より、とてもいい顔をしているよ」
アシュリーはギルバートの手を取ると人形のようにクルクルと回って無邪気にドレスを見せる。
ミルクティー色の髪には紫陽花の花弁を用いた髪飾りが散りばめられている。
「そうだわ!お庭にロベリアを植えたいの……いいかしら?」
「ああ、もちろんいいよ……すべてアシュリーの好きにしていい」
「……ギルバート、あなたが大好きよ」
「僕も君を心から愛している」
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