第21話


アシュリーは今まで培った技術を駆使して綺麗なカーテシーを披露する。

今すぐにこの場を出て行きたかった。

ギルバートの手紙にはエルネット公爵の許可は後々に取るから無理をしないようにと書かれていた。


(二度とこの人たちの顔なんて見たくないわ……)


アシュリーは二人に背を向けて歩き出す。

呼び止める声を無視して扉の外で待機しているクララと合流する。

大っ嫌いな部屋に戻り、大きなカバンに荷物を詰めるようにクララに頼む。



「ねぇ、クララ……」


「はい」


「……わたくしって、悪い子かしら」


「アシュリーお嬢様……」


「ウフフ、今からこの家を勝手に出て行くんだもの……とっても悪い子よね?お父様とお母様、どんな顔をするのかしら!」


「………」



これから治療を頼んでいた貴族や国民たちにどう言い訳するのだろう。

王家からも訪ねてくる貴族たちからも、もうお金はもらえない。

散々甘い蜜を啜っていたのに、自分たちの本来の仕事に戻れるだろうか。


それにこのまま治療しなければ、約束を守ることもできずにエルネット公爵家の信頼は落ちていく。

二人は坂を転がり落ちるように、どこまでも沈んでいくのだ。


(でももっともっと苦しまなくちゃダメよね?ここで壊すのは簡単だけど、今すぐに潰したらつまらないもの……不幸のどん底に突き落とさないとダメ。今から絶望を味わうがいいわ)


落ちぶれたエルネット公爵家を立て直すだけの気力は二人に残るだろうか。

そのことを考えるだけで胸はスッとするのだ。

ロイスもエルネット公爵家には見切りをつけていた。

ロイスは祖母の生家に籍を置いてギルバートの側近としてやっていくそうだ。

すべてはギルバートがうまくやってくれる。


それと同時に祖母も公爵家に戻り、アシュリーのサポートをすることになった。

実は剣に炎を纏わせることができるようになったのだとロイスは嬉しそうに教えてくれた。

学園で魔法の力に目覚めたが、両親には内緒にしているそうだ。


クララと共に少しの荷物を持って、迎えの馬車に乗り込んだ。

ペイスリーブ王国の王族の家紋が彫られた立派な馬車から顔を出したのはギルバートだった。



「ごきげんよう、ギルバート殿下」


「機嫌がよさそうだね、アシュリー」


「えぇ、とってもいい気分よ」


「ペイスリーブ王国に行くまで時間はたっぷりある。話を聞かせておくれ」


「もちろんですわ」



エスコートするために伸ばされたギルバートの手を掴む。



「父上も母上もアシュリーと会うのを楽しみにしているよ」


「まぁ……嬉しいですわ」


「ロイスもアシュリーとクララの心配していたよ」


「ありがとうございます。ギルバート殿下」


「……?」


「わたくしを救ってくれて」



ギルバートはその言葉を聞いて笑みを深めた。

エルネット公爵邸を出てギルバートとロイスが暮らしているペイスリーブ王国へと向かう。


両親には、まだまだ言いたいことがたくさんあったが、アシュリーがいなくなるだけで、じわじわと苦しませることができるはずだ。

その姿を見られないのは残念だが、勝手に落ちぶれてくれたらそれでいい。

高ぶる気持ちを抑えながら馬車に揺られていた。



* * *



アシュリーがペイスリーブ王国に向かってから数ヶ月の月日が経とうとしていた。

最初、両親はペイスリーブ国王宛に『アシュリーを返せ』と、抗議する手紙を送ってきた。


父と母はサルバリー王国の王家に助けを求めることすらできない。

今までやってきたことが仇となり、王家がエルネット公爵家を助けることは絶対にない。

自分たちが保護しているユイナがいるためアシュリーがどうなろうとどうでもいいのだろう。


うるさく騒ぐエルネット公爵家を黙らせるためにペイスリーブ国王が動いてくれた。

アシュリーとロイスの権利をペイスリーブ王国に引き渡すようにペイスリーブ国王はエルネット公爵家に大金を支払うことを提案した。

するとエルネット公爵はあっさりとアシュリーとロイスから手を引いたのだ。

目の前にぶら下がった欲に目が眩んだらしい。


その代わりロイスとアシュリーに関するすべての権利を正式に失った。

両親が今の生活を維持するためには、それだけ莫大な金が必要だったのだろう。

貴族たちからも責められ、王家にも助けを求められず、焦ったのかもしれない。

乾いた砂漠に突如現れたオアシスに飛びついて、ロイスとアシュリーを手放した。

その喜びがすぐに消えてしまうとも知らずに……。


ギルバートの提案で再びアシュリーを引き合いに出して金の無心ができないように契約書を書かせたそうだ。

そしてアシュリーはギルバートが学園を卒業するのと同時に彼と結婚した。

アシュリーはギルバートの妻……ペイスリーブ王国で王太子妃となった。


ペイスリーブ王国は魔法を使える貴族たちで溢れていた。

しかしアシュリーの魔法はとても珍しいことにも変わりない。

懸念していたのはまたサルバリー王国のようにアシュリーの力に頼りきりになることだった。

しかし小国のサルバリー王国とは違い、大国であるが故にペイスリーブ王国はアシュリーの力に頼ることはない。

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