第20話
二人に怒られているのに、おかしくて堪らなかった。
押し込んでいた感情が次々に溢れていく。
こんな二人をアシュリーは必死に愛そうとしていたのだ。
あんなに家族の仲が壊れてしまうことに怯えていたけれど気づいていなかっただけで、もうとっくに壊れていた。
必死に偽りの幸せに縋りついて、無理矢理繋ぎ止めていたに過ぎない。
アシュリーは騙されて、踊らされて、裏切られていた。
絶対的な信頼を寄せていたからこそ、それに気ついた時の憎しみは倍増するのだろう。
「ウフフ……だって嫌いなんですもの」
「……!」
アシュリーは喉を鳴らして笑った。
「ねぇ……お父様、お母様」
「……」
「わたくしの幸せってなぁに?」
その問いかけに、シン……と静まり返る室内。
両親は何も答えてはもらえない。答えられるわけがないのだ。
それも当然だろう。
アシュリーの幸せなど最初からここには用意されていないのだから。
皆の幸せのため動いていたつもりだったのにアシュリーに返ってきたのは何だったのか、この身に刻みついているではないか。
(両親もいらない、王家もいらない、こんな国もいらない……全部壊れちゃえばいいのに)
都合の良い金儲けの道具としか思ってなかった両親も。
治療を受けながらも見下して馬鹿にしていた婚約者も。
利用価値がなくなれば、塵のように捨てた国王と王妃もすべてなくなってしまえばいい。
「どうしてお父様とお母様はわたくしを部屋に閉じ込めるの?どうしてどこにも行ってはいけないの?どうしてわたくしは力を使い続けなくてはいけないのかしら……?」
「……っ」
「どうして?教えてくださいませ」
気づいてしまえば、もう戻れない。
アシュリーは追い討ちをかけるように問いかける。
「それに、わたくしがオースティン殿下を治療することで王家から大金をもらっていたのでしょう?治療した方々からも金品を受け取っていたと聞きましたわ」
「……何故、それを!?」
「でもね、不思議なのよ?わたくしはお父様とお母様から何もらったことがないの……何でかしら」
「……ッ!」
親だからと当然のように搾取する。
甘い言葉を吐き散らして、言うことを聞かせようと押し潰す。
そんなことが許されていいのだろうか。
「毎日わたくしが治療を施していた人たちの治療費……その見返りを貰っていますよね?」
「………そ、れは」
「今までわたくしが稼いだお金を返してくださいませ……お父様とお母様だけいい思いをしていたなんてずるいわ」
「……っ」
「わたくしは何も知らなかったのよ?」
都合の悪いことは見えないようにすべて見えないように隠してしまう。
それを見て見ぬふりをしていたアシュリーが愚かだったのだ。
「アシュリー、それはあなたを守ろうとして……っ!」
「……守る?」
「そ、そうだ……!」
「お父様とお母様は、わたくしを何から守っていたの?」
「……ッ」
王家から責められた時、守るどころか二人は更に責め立てたではないか。
アシュリーを殴り、役立たずだと罵ったのに。
(まだ隠そうとするつもりなのかしら………やっぱりわたくしは金儲けの道具だった。今もこうして嘘ばかり吐いて都合のいい人形でいさせようとするの)
再び両親と対峙して思うことどうしようもない憎悪……それだけだった。
「お父様とお母様は嘘つきね」
「……ア、シュリー?」
「嘘つき嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき……っ!」
アシュリーのいつもと違った様子を見て、二人は愕然としている。
「……どうしてわたくしだけ何ももらえないのかしら」
あの時の様に自分の両手を見ながら問いかけた。
いつもの笑顔は消えて、スッと冷めた瞳を向けた。
二人は驚きのあまり声が出ないように見えた。
あんなに大きかった両親の姿が今はこんなに小さく見える。
「恩知らずは、どちらかしら?」
そう言って、アシュリーは笑いながらコテンと首を傾げた。
「なっ……!」
「……ッ!」
「ギルバート殿下が結婚を申し込んでくださって嬉しいわ。だって、腐りきったあなたたちから離れられるんですもの」
「───このッ!」
響き渡る怒号と再び父に掴まれる胸元。
今にも殴りかかりそうな父を見てもアシュリーは怯えることもなく淡々と答えた。
「お父様はまたわたくしを叩くのですか?」
「……くっ」
「お父様とお母様は、わたくしが言うことを聞かなければ、わたくしをこうして傷付けるのね……ひどいわ」
その言葉に二人はピタリと動きを止めた。
どれだけ質問しても、思っていたよりもずっと下らない答えが返ってくる。
(つまらない…………でも言いたいことを言うと、こんなにスッキリとした気持ちになるなんて知らなかったわ)
今までは溜め込んで溜め込んで溜め込んで……我慢して下を向いて涙を呑んだ。
そして傷ついたことを忘れるまで待つだけだった。
そんな日々はもうたくさんだ。
その場に似つかわしくない明るい表情を浮かべてから唇を開いた。
「わたくしからは以上ですわ。今までお世話になりました……さようなら」
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