第14話
アシュリーはグッと唇を噛んだ。
「俺こそ遅くなってすまない……やはり無理にでもアシュリーを連れてこの公爵邸を出ていればこんなことには!」
「ロイスお兄様は何も悪くありませんわ。気に病まないでください」
ロイスとクララだけはアシュリーの幸せを考えてくれてくれている。
そのおかげでアシュリーは正気を保ってここに立っていられた。
でももう守られているだけではいけないと、そう強く思うのだ。
(二人は特別だわ……ロイスお兄様とクララだけは絶対にわたくしが幸せにしてみせる)
決意を胸に静かに手を合わせていると、ロイスが気まずそうに顔を曇らせた。
「アシュリー、聞いてくれ」
「なんでしょうか?」
「実はバートはペイスリーブ王国の王太子、ギルバート殿下だったんだ」
「……え?」
アシュリーは口元を押さえて大きく目を見開いた。
「変装してアシュリーに会うことはギルバート殿下の希望だった。色々と事情があって互いの目的のために動いているんだよ」
「……」
「騙すような形になってすまない」
アシュリーの手のひらの裏の唇には弧を描いていた。
(そう……ギルバートはペイスリーブ王国の王太子)
アシュリーはギルバートが王太子であることを本人の口から聞いて知っていた。
ロイスの言葉に合わせてギルバートは髪色を元に戻す。
クララも隣で驚愕している。
ロイスとギルバートは学園での友人で、祖母のこともアシュリーに説明してくれた。
アシュリーもギルバートから聞いてすべてを知っていたが、驚くフリをしなければならない。
先ほどの約束は誰にもバレてはいけないのだ。
「アシュリー、改めてギルバート・ド・ペイスリーブだ。よろしく」
「ギルバート殿下、ごきげんよう。アシュリー・エルネットですわ」
「アシュリー、君にプレゼントがあるんだ。見ていて」
ギルバートの手には白百合の花が握られている。
どうやらアシュリーが寝ている間に従者に買いに行かせたそうだ。
それをパチンと指を弾くだけで百合が真っ黒に染まっていく。
ギルバートからアシュリーに渡されたのは真っ黒な百合の花。
アシュリーはその花を受け取り、満面の笑みを浮かべた。
「まぁ……!」
ロイスとクララは違和感を感じたのか表情を固くする。
今までアシュリーは白や薄い色の服を好んで着ていた。
そんなイメージからか、治療のお礼として贈られる花には白百合やマーガレットにガーベラなどの可憐な花が多かった。
しかしギルバートから渡されたのは俯きながら不気味に咲き誇る黒百合。
まるで『良い子から悪い子になる』と言ったアシュリーの言葉を尊重するようなプレゼントに歓喜していた。
「とっても、とっても嬉しいですわ……!ありがとうございます。ギルバート殿下」
「気に入ってくれたようで嬉しいよ」
「もちろんです。お気遣いありがとうございます」
黒百合を見てアシュリーは目を輝かせた。
クララに花を部屋に飾るようにお願いする。
アシュリーは大胆にもギルバートにゆっくりと抱きついた。
いつも慎ましいアシュリーの姿とはかけ離れた行動にロイスやクララは言葉も出ないようだ。
しかしこれも必要な行動なのだ。
アシュリーは今日からギルバートのものとなる。
逞しい胸板に体を預けながら瞼を閉じた。
心臓が脈打つ音が冷たい体温にアシュリーの心が落ち着いていく。
ロイスがすぐにクララに目配せする。
「ギルバート殿下、すぐに温かいお茶をお持ちいたします。少々お待ちくださいませ」
クララは花束を持ってから深く腰を折る。
「お茶はいいよ。それよりもアシュリーのことを優先してくれ」
「かしこまりました」
クララはギルバートに深々と頭を下げた。
もしかしたらアシュリーのことを助けてくれるのかもしれないと期待を寄せているのかもしれない。
ギルバートはアシュリーの前に跪いてから愛おしそうに手の甲に口付けた。
「アシュリー、僕と結婚して欲しい」
「……!」
「ギルバート殿下!?なにを……!」
「ロイス、これは丁度いい機会かもしれない。やはりアシュリーはペイスリーブ王国にいるべきだよ」
ロイスは戸惑っていたが「確かに、その通りだ」と呟いた。
「アシュリー、一緒にペイスリーブ王国に来てくれないか?」
ベッドに腰掛けているアシュリーはギルバートをじっと見つめながら、俯き考える素振りを見せた。
「急にそう言われても……わたくしは」
「だが、オースティンとの婚約は解消したのだろう?」
ロイスもクララもアシュリーの気持ちを汲んでか、何も言うことはなかった。
「ですが……」
「ここにいても君は幸せになれない」
アシュリーは触れているギルバートの手を包み込むようにして握り返す。
「……ロイスお兄様とクララも一緒なら」
「アシュリーお嬢様」
「アシュリー……」
ロイスとクララの視線を感じていた。
アシュリーは二人に向かっていつものように微笑んだ。
「ああ、もちろんだ。いい返事をもらえて嬉しいよ」
「ですがギルバート殿下、あの両親がアシュリーを手放すとは思えません!」
確かにロイスの言う通りだろう。
だが、ギルバートは余裕の表情だった。
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