第15話
「僕に任せておいてくれ」
「……ギルバート殿下」
「必ずアシュリーをここから救い出してみせるよ」
ギルバートはアシュリーから手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。
「……僕は一度、ペイスリーブ王国に帰ってこのことを父上に報告させてもらうよ。今度は元気な時にゆっくりと話そうか」
「はい、ありがとうございます。ギルバート殿下」
ギルバートは共にきた複数人の護衛と共にエルネット公爵邸から去って行った。
「ギルバート殿下はアシュリーに想いを寄せていたらしい。ずっと昔から……」
ロイスの言葉にアシュリーは大きく目を見開いた。
「……申し訳ありません。わたくし、何も気付かなくて」
「仕方ないさ。お前はオースティン殿下の婚約者だったんだから」
アシュリーは戸惑いつつも胸元に手を寄せた。
それもギルバートから直接聞いていた。
しかし今は知らないフリをしなければならない。
「こんなにもアシュリーお嬢様を気にかけてくださるなんて。私はとても嬉しいです」
「……クララ」
「アシュリーお嬢様のことを大切にしてくださるなら賛成ですわ」
クララは嬉しそうにしている。
「ギルバート殿下はこの歳まで婚約者すら迎えていないんだ。アシュリーに………いや、今はやめとこうか」
ロイスが言葉を途中で止めた理由……それはアシュリーがまだオースティンに婚約破棄されたばかりで憔悴していると思っているからだろう。
アシュリーとオースティンの婚約が破棄されたことは、すぐに広まったそうだ。
異世界から舞い降りた〝本物〟の聖女であるユイナが、オースティンの婚約者となった。
結婚したことを国民に知らせることで安心させて、王家の信頼を回復するつもりなのかもしれない。
エルネット公爵家で治療を受けていた貴族たちは我先にとアシュリーと力を手に入れようと動くだろう。
エルネット公爵たちが厄介だとしても、その力を手に入れる価値は高い。
ギルバートが動いてくれるまでには耐えた方がいいだろうが、あの二人が次にどう行動するのかは大体予想がつく。
(……ふふっ、これからが楽しみだわ)
ギルバートが迎えに来るまでアシュリーは、クララに部屋まで食事を運んでもらった。
ロイスと二人きりで囲むテーブルはいつもと違って見えた。
今までは両親と共に三人で取っていた食事を、ロイスがここにいる間は一緒に食事を取りたいとお願いしたのだ。
ロイスもギルバートに協力するつもりのようだ。
アシュリーに両親が激しく叱咤する姿を見ていたからか、顔を合わせないようにしてくれている。
ロイスは病み上がりのアシュリーを心配しながらも、料理を食べている姿を見て安心しているようだった。
今までアシュリーは両親の話をニコニコと笑顔で聞きながら、相槌を打ち少量ずつ口に入れていた。
二人の口から吐き出される悪意と欲望は、どんどんとアシュリーの食欲を削っていった。
今までは何を食べても砂のような味しかしなかったのに二人がいないだけで、こんなにも食事が美味しく感じる。
今まではいくらお腹が空いても、先に食事をすることはなかった。
具合が悪くても両親が心配するかもしれないからと必ず食卓に腰を掛けた。
そんな意味のない気遣いを繰り返したところで全部無駄だと気づかずに。
それが家族のためだと思っていたアシュリーは、今まで一体何に支配されていたのだろうか。
空気が悪い食卓に居続けることも無駄。
黙って話を聞いていることは、もっと無駄。
全部全部、無意味な時間だったのだ。
〝アシュリー〟の心配など、あの二人がするはずもない。
するとしたら金の心配だけだったのだろう。
昼間はまったく姿を見せない両親は毎日足繁く王宮に通い、抗議をしながら不平不満を漏らしているそうだ。
ロイスはギルバートと連絡を取り合い、色々と準備をしてくれている。
食事を終えた後、アシュリーはふと窓の外を見た。
そして心が赴くまま裸足で庭へと飛び出した。
今までは治療の時間だと、すぐに屋敷に連れ戻されていたが、もう王太子の婚約者でもなければ、両親にとっては役立たずで無能な娘になってしまった。
(わたくしは、もう部屋に閉じこもる必要なんてないの)
目が覚めてからロイスとクララ以外、誰一人声を掛けるものなどいなかった。
アシュリーは芝生の上に大の字で寝転がった。
部屋の外からずっと見続けた芝生に、こうして寝転がりたいとずっと思っていた。
(温かい……太陽の匂いがする)
どこまでも広がる空と流れる雲を見上げていた。
それに飽きればクララと共に庭を見て回る。
アシュリーは紅茶を飲んでお菓子を好きなだけ頬張って、足が疲れるまで歩き回った。
今まではずっと部屋の中でこうしたいと夢見ていた。
けれど今は上を見上げれば空があり、下には温かい大地がある。
ゴロゴロと転がりながら胸いっぱいに空気を吸い込む。
髪もボサボサになったって、服が汚れてしまっても気にしない。
もう今までのように両親の言うことを聞く必要などないのだから。
「あはは……っ」
なんだかおかしくて吹き出すように笑っていた。
自分の足ですぐ踏み出せる場所に行くことを我慢して、意味のない気遣いを一生懸命していた自分が馬鹿らしくて堪らない。
(今までのわたくしって、なんて愚かだったのかしら)
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