二章

第13話

温かさに包まれながらアシュリーは目を閉じていた。

しかし遠くから足音が響く。

扉の向こう側から名前を呼ばれて、ゆっくりと瞼を開けた。

ギルバートから体を離して、アシュリーはベッドに腰掛ける。

彼は頭に手を翳して魔法で髪色を変えてアシュリーから距離をとる。

アシュリーが扉に目を向けると、飛び込むようにロイスが入ってくる。



「アシュリー、大丈夫か!?目が覚めたんだな」


「ロイスお兄様……」


「医師を呼んだんだ。頭を強く打ったとクララから聞いて心配したんだぞ?」



ロイスはそう言ってアシュリーの手を力強く握りながら顔を伏せてしまった。

肩は小さく震えているように見える。

ロイスは両親が城に抗議している間に医師を手配してくれたようだ。

二人は城から帰ってきた後も別室で話し合っているらしい。


(こんな時ばかり結託するのね……くだらないわ)


ロイスのアシュリーを心配する声が外に漏れていたのか、バタバタと大きな足音がこちらに近づいてくる。

ガチャリと食器が擦れるような音が響く。

乱暴に扉が開くと涙をいっぱいに溜めたクララがやって来る。

そしてアシュリーを思いきり抱きしめた。



「ああ、神様……よかった!アシュリーお嬢様っ、目が覚めたのですね」


「……クララ」


「どんなに心配したことかっ!お医者様のお話によれば、精神的ショックが大きく、もしかしたらアシュリーお嬢様の心が壊れてしまうのかと……」


「あんなことがあれば当然だ。アシュリー、体は大丈夫か……?具合は?」


「バート様が、ずっとアシュリーお嬢様に付き添ってくださったんですよ」



心配そうにこちらを見るロイスと、涙を流しながらアシュリーの手を握るクララを見て思っていた。


(わたくしにとって、大切なのはお兄様とクララだけだわ。他の人間は………イラナイ)


大丈夫だと意味を込めて、アシュリーは柔らかい笑みを浮かべた。



「旦那様と奥様にアシュリーお嬢様が目を覚ましたことを知らせにいかないと……」



クララはアシュリーが目覚めたら伝えるように指示を受けたようだ。

しかし二人にアシュリーのことを知らせたくないのか、クララの表情は暗い。

涙を拭って両親に報告するために立ち上がったクララを静かに引き止めた。



「クララ、行かなくていいわ」


「ですが……」


「………まだ知らせないで。お願い」


「わかりました。アシュリーお嬢様」



クララは雇い主である父よりも、アシュリーの心情を汲んだのだろう。

足を止めて、アシュリーのそばに戻るクララに感謝していた。

そしてアシュリーは胸に手を当ててから小さく息を吐き出した。



「……二人に聞いてほしいことがあるの」



そしてアシュリーはいつものようにニッコリと微笑んだ。

しかし腹の奥から沸々と湧き上がるのは憎悪と怒りだ。

前に立つロイスとクララは驚いたようにアシュリーを見つめていた。

纏う雰囲気は以前とはどこか違い、禍々しく鋭いものになったと肌で感じたからだろう。



「アシュリー、だよな……?」


「はい、ロイスお兄様。わたくしはアシュリーですわ」


「……アシュリーお嬢様?」



シンと静まり返る部屋の中で凛とした声が響く。



「わたくしね……今日から悪い子になるの」



そう言った後に、アシュリーの桃色の唇がゆっくりと弧を描いく。

ライトブルーの瞳はガラス玉のように無機質で何も映し出してはいない。

動揺を隠しきれないロイスとクララは困惑して顔を見合わせた。



「お前の身に起こったことは……すごく辛いだろうが、アシュリー、悪い子だなんて。一体どうするつもりなんだ?」


「そのままの意味ですわ」


「アシュリーの言う悪い子になって、アシュリーは幸せになれるのか!?」



ロイスは幼い頃から、ずっとアシュリーの心が潰れないように守ろうとしてくれていた。

けれどたとえロイスに諭されたとしても、もうアシュリーの願いも目的も何一つ変わらない。

アシュリーが小さく首を振ると、ロイスはぐっと唇を噛んだ。

そんな時、クララが口を開いた。



「アシュリーお嬢様、クララはお嬢様の気が済むのであれば、それで構いません!」


「クララ……」


「今までアシュリーお嬢様は本当にたくさんのことを我慢してきました……!それはお嬢様のそばにいたクララが一番理解しております」


「……おい、クララ!」


「ロイス様、申し訳ありません……!けれど私はっ、私だけは何があってもアシュリーお嬢様の味方ですから!」



クララはアシュリーの手を握り、震えながら涙を流していた。



「今回、アシュリーお嬢様様をお守りできずに申し訳ございません。あの時、私が無理矢理にでも止められていたら……このクララ、どんな罰でも受けますから!」



クララは責任を感じているのだろうか。

彼女の言葉に胸が揺らいだ。

そっと包み込むようにクララの手を握り返す。



「あなたを罰するなんてとんでもない。クララ、いつもわたくしのために動いてくれてありがとう」


「アシュリーお嬢様……!」



アシュリーはクララを優しく抱きしめた。


(罰を受けるのはクララじゃないわ……アイツらの方よ)

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