第10話


重たい瞼をゆっくりと開き、アシュリーは首を傾けて辺りを見回した。


(ここは……わたくしの、部屋?)


そして誰かに名前を呼ばれたような気がしてアシュリーは顔を上げた。



「ここは……?」


「アシュリー、体はどうかな。少しは魔力が回復したみたいだね」


「…………どう、して」


「僕の魔力を半分以上持っていってもまだ足りない。君は本当にすごい力を持っているね」



嬉しそうにアシュリーを見つめている青年はここにいるはずのない人物だった。



「ギルバート、殿下……?」



見慣れない真っ黒な髪に血のように透き通る赤い瞳の青年を見てアシュリーは驚いていた。

しかしその顔立ちを見ていると、徐々に白髪で青い瞳のバートとギルバートの姿が重なっていく。

髪色、瞳の色は今は元に戻っている。

『バート』と名乗っていたが、本当はペイスリーブ王国の王太子、ギルバートだったようだ。



「バート様はギルバート殿下だったのですね」


「……うん、騙すような形になってごめんね」



ギルバートは髪色や瞳の色を魔法で変えていたのだと説明した。



「何故こんなことをしたのですか?」


「調べなければならないことがあったんだ。それとどうしてもアシュリーに会いたくてロイスに頼んだんだ」


「わたくしに……?」



低い声は心地よくアシュリーの耳に届いていた。

優しくアシュリーの髪を梳くギルバートの指。

彼はアシュリーを心配そうに見つめている。

ギルバートの視線は温かくアシュリーを傷つけるものではない。

しかし現実を思い出してしまえば心が耐えられない。

今にもここから逃げ出してしまいたい。

そんな思いから口を開く。



「ここが天国だったらいいのに……」



アシュリーの頭や腕には包帯が巻かれている。

そう言うとギルバートは困ったように笑って首を横に振った。

このままギルバートに抱きしめられながら消えてしまえたら……そんな思いから口にした言葉だった。

ここが天国でも地獄でも、あの現実にいるよりはマシだと思ったからだ。

それに眠っていたということは、いつかは目覚めてしまう。

そう思うと絶望感で一杯になった。


アシュリーは意識を失う前のことを思い出していた。

今まで家族にも婚約者にも王家にも尽くしてきたつもりだった。

皆が幸せになるために精一杯、頑張っていた。


それなのにオースティンや国王たちからは偽物のレッテルを貼られて、王妃は憎しみのこもった瞳でアシュリーを睨みつけていた。

両親からも役立たずと責められて、アシュリーはこれからどうしていけばいいだろうか。

アシュリーのせいで兄のロイスも責められてしまう。

クララも怪我をしてしまった。

ギルバートもこんな情けない姿ばかり見せてしまっている。


アシュリーの目からポロポロと涙が溢れていく。

ギルバートは悲しそうに眉を顰めながら、その涙を指で丁寧に丁寧に拭っていく。



「ごめんね……僕が君を守れたらよかったのに」


「……ギルバート殿下のせいではありませんわ」


「いいや、もっと早く動くべきだった」



ギルバートはどこか遠くを見て答えた。

どうして彼がこんなにもアシュリーを気にかけてくれるのかわからない。

ギルバートは大きなパーティーで挨拶を交わす程度だったはずだ。

オースティンは不機嫌そうだったが、物腰柔らかで優しいギルバートは会場の令嬢たちの視線を奪っていた。

悲しげなギルバートを見ていると、不思議と心が締め付けられるような気がしてアシュリーは思わず胸元を押さえた。


(この気持ちは………何?)


ギルバートに会うたびにアシュリーは胸がざわついていた。

それはオースティンと一緒にいる時には感じることはない気持ちだ。

それにアシュリーは先ほどのギルバートの言葉が気になっていた。

〝僕が君を守れたらよかったのに〟

それはどういう意味なのだろうか。



「アシュリーは特別な力を持っている。そして間違いなくペイスリーブ王国の血を引いているはずだ」


「たしか……お祖母様がペイスリーブ王国出身です。魔法が使えなかったから追い出されてしまったと聞きましたが……」


「いいや、違うよ。アシュリー嬢の祖母は公爵家の令嬢で今のアシュリーと同じ力を持っていたそうだ」


「……わたくしのお祖母様が!?」



アシュリーは驚きから目を見開いた。

今は祖父と離縁しており、祖母はペイスリーブ王国に帰ったと聞いたことがある。

ロイスがペイスリーブ王国で祖母を探していると手紙に書いてあったことを思い出していた。

ギルバートの力を借りて孤児院で働く祖母に会い、アシュリーの現状を話したことで力が発覚したそうだ。

どうにかアシュリーを助けたい……そんな思いからロイスが動いてくれたらしい。



「アシュリーほど大きな力ではないが、君はそれを引き継いでいる。しかし魔法が栄えていないサルバリー王国では知識がなく、こうして悲しい結果になってしまった」


「…………」



祖母はこの力が悪用されることを恐れて、自分の力を隠したのだと語った。

今のアシュリーのようになってしまうことを危惧して逃げたらしい。

そんな話を聞きながら、アシュリーは自身の手のひらを見た。

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