第11話



「ロイスが公爵を継ぐまでまだまだ時間がある。このままでは君が壊れてしまうよ?」



ギルバートはアシュリーのミルクティー色の髪を優しく撫でた。

この力のせいでアシュリーは不幸になってしまったような気がした。



「けれど皆様は、わたくしの力は偽物だと……」


「そんなわけがない。この十年の功績をどうして軽視できるのか。アシュリーの力は本物だよ」


「ですが異世界から来たユイナ様も同じ力を持っているそうです」



ユイナとオースティンが抱きしめ合って、愛を囁く姿が今もアシュリーの脳裏に焼き付いている。

異世界の聖女ユイナはたった一ヶ月でアシュリーがずっと積み上げてきたものをすべて奪い取ってしまった。



「異世界から召喚したのはペイスリーブ王国の禁術を使用した魔法師だ。僕はそいつを捕まえなければならない」


「………え?」


「禁書を持ち出して他国で力を使う代わりに大金を得ている」


「そんなことが……」


「その聖女と呼ばれている少女の力はたまたまアシュリーと同じようだが、時間と共にその力も失われていくはずだ……彼女の力は恐らくどんどんと弱まっていく可能性が高い」


「弱まる……?」


「異世界から来たユイナとアシュリーとでは根本的に違うんだ」


「どういう、意味でしょうか……?」



ギルバートの言葉にアシュリーは驚き目を見開いた。

魔法を使うために必要なマナと呼ばれる力を体の中で魔力に変えている。

アシュリーは長年の無理が祟り、深刻な魔力不足になっていたそうだ。

ギルバートはユイナのエネルギーを放出しているだけで力も弱まりなくなっていくだろうと語った。

異世界から召喚した聖女、ユイナを召喚した魔法師をサルバリー国王に引き渡すように要求したが拒否。

大金を得た後には逃亡してしまったようだ。

ギルバートは変装してロイスと協力して情報を集めていたのだそうだ。

アシュリーが休んでいる間に、ペイスリーブ王国にもその噂は広がっているのだろうか。


しかしユイナの力が失われていくのも仮説に過ぎないそうで、実際ユイナがどんな国から来たのかがわからないのでなんとも言えないそうだ。


それを聞いていたアシュリーの目からはハラハラと涙が伝う。

アシュリーを慰めるようにギルバートは強く強くアシュリーの体を抱きしめた。



「聞いてくれ、アシュリー。僕はアシュリーを助けたいとずっと思っていた」


「……わたくしを助ける?」


「しかし君はサルバリー王国の王太子、オースティンの婚約者だった。いつも僕が君を守れたらと、どれだけ思ったことだろう」


「…………」


「ロイスから君の話をいつも聞いていた。今回の件を聞いて、僕は動くなら今だと思った。しかし実際に目にしたアシュリーが置かれている状況は僕の想像以上に劣悪だった……こんなに後悔したことはない」



ギルバートはロイスからアシュリーの話を聞いていたらしい。

しかしアシュリーを救おうとしてくれる理由がわならない。



「もう少し早く動いていればこんなことにはならなかったかもしれない」


「…………」



アシュリーは生気のないガラス玉のような瞳でギルバートを見ていた。

何故ギルバートが謝るのか……今はその理由すら考えることができない。

特別な力を持っていても幸せにはなれないと思った。

それにオースティンたちが気づけば、アシュリーの力はまた必要とされるのだろうか。


(そしたらまた元に戻れるの……?)


アシュリーの瞳は絶望に揺らめいていた。



「すまない、アシュリー」



ギルバートの言葉にぐっと手を握り込んだ。


(ギルバート様が謝ることなんてない……すべてわたくしのせいだわ)


もしもユイナの力が弱まれば良い子で優しいアシュリーは、再び偽りの笑顔に囲まれて、自分を嫌っている男のために、蔑ろにされる王国を守るために結界を張り続けなければいけないのだろうか?

金のことしか頭にない両親のために利用され続けなければならないのか?

そして笑顔ですべてを許さなければならないのか。


答えは、否だ。


許せるわけがないのだ。

この絶望と悲しみは死ぬまで癒えることはないだろう。

憎しみと苦しみがアシュリーの心を支配する。



「ねぇ……ギルバート殿下」



アシュリーはギルバートを見て笑った。



「わたくしの話を聞いてくださいますか?」


「なんだい?」


「わたくし、もう良い子でいるのをやめるわ。だってね、わたくしが損をするでしょう?」


「……アシュリー」


「みんな大っ嫌い……だからわたくしがすべて壊してあげる」



アシュリーの目からは止めどなく涙が流れている。

けれど震える唇は綺麗に弧を描いていた。

もしユイナが異世界から来なければ、アシュリーの立場はまだあったのかもしれない。

しかしこうなった今だから思うのだ。

いつかはこうなっていたのではないかと……。

アシュリーはこうなるとわかっていたのに気づかないフリをしていた。


両親に金儲けの道具にされていたことも。、オースティンに愛されてなかったことも、サルバリー国王と王妃や国民たちにすら疎まれていたことも……。

もちろんアシュリーが知らないこともあったけれど、家族を守りたいからと踏み込まないようにしていた。

現実を見ないようにしていたのはアシュリー自身だ。


本当は全部わかっていた。

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