第9話


「アンタがうまくやらないからこんなことになったのよっ!」


「この役立たずがッ!エルネット公爵家に泥を塗りおって……!」



二人の手には王家からの手紙があった。

どうやらアシュリーが王城に出向いている間にすれ違いでエルネット公爵邸に届いたのだろう。

分厚い封筒に重ねられた書類には何が書いてあるのかはわからないが、二人の表情を見る限りいい内容ではないことは確かだ。


目の前にいる両親から浴びせられる暴言と体中を襲う痛みで、アシュリーは動けなかった。

怒号と罵声が玄関のホールに響き渡っていた。

その時、握っていたくしゃくしゃになった紙を父が拾い上げる。

それはアシュリーとオースティンの婚約を正式に破棄したという知らせだった。



「なんてことをしてくれたんだっ!クソクソ、クソッ」


「今、婚約を破棄されたら私たちの立場がないじゃないのよ!」


「ふざけるなッ!今すぐ抗議してやる……こんな一方的な婚約破棄など無効に決まっているっ!」



執事や従者が、あまりの剣幕に動けずにいたが、すぐに両親を引き止めるために動き出す。

二人は怒りが収まらないのか、その辺にあるものを掴み取るとアシュリーに投げつけた。


──ガッシャン


アシュリーの顔のすぐ横で、父が投げた花瓶が砕け散った。

冷たい水が服に染みて青臭い匂いと色とりどりの花が無惨にも下に落ちていく。


(どうして……なんでこんなことに)


アシュリーが大切だと思い守ろうとしたものは何もかもが粉々になって形を無くしていく。

今までずっと両親の言う事を大人しく聞いていた。

けれど二人は何の躊躇もなく、アシュリーを傷付けて酷い言葉を投げかける。

まるで道具のようだと思った。


(……この力は、何のためにあるの?)


アシュリーは自分の手のひらを見た。



「アシュリー、もっと強い力を出せないのかッ!異界の聖女よりも強い力を!」


「今までの金を返せと書いてあるじゃない。信じられないッ、お前のせいで私たちまで悪く言われてしまうわ!」


「あんな異界から来たばかりの小娘にすべてを奪われおって……!お前にはプライドはないのか!?」


「一体、今まで何をやっていたの!?何年も治療に行きながら、婚約者の心一つすら掴めなかったというの……?信じられないッ最低な気分よ!こんな無能な娘だとは思わなかったわ」



怒りに叫び続ける二人を止められる者はこの場に誰もいなかった。



「父上、母上ッ!?一体、何をしているのですか!?」



玄関から光が漏れる。

ロイスが飛び込むようにアシュリーの前に立つ。

重たいムスクの香り。

バートが「大丈夫か!?」と言ってアシュリーの体を支えた。


尚も毒を吐き続ける両親を睨みつけたロイスとバート。

どうやらロイスはバートを迎えに行っていたようだ。

バートの温かい掌が冷たくなった体にじんわりと染みていく。

バートは魔法を放とうとしているのか、手を上げた。

わずかに手のひらに光が帯びたが、腕が下に落ちていく。

アシュリーの様子を見て「……信じられない」と小さく呟いたロイスは震えながら声を上げる。



「あなたたちは何をしているかわかっているのですかッ!?」


「ロイス、今すぐそこを退くんだ……!」


「見てわからないの!?アシュリーは許されないことをしたのよ!きっと今まで甘やかし過ぎたからこんなことに……ッ」


「いい加減にしてくださいっ!俺が少し目を離した隙にこんなことなっていたなんてっ!これ以上、アシュリーを傷つけるというのなら騎士団を呼びますよ!?」


「……!」


「この惨状を見られたくなければ今すぐ引いてください!」



ロイスの言葉を聞いて我に返ったのか、悔しそうにしながらも握っていた手のひらを下におろした両親は動きを止めた。



「ふんっ……まぁいい。今すぐ王城に出かけるぞ」


「もちろんよ!まったく親のありがたみがわからないのかしら……」



そして国王から渡された紙と手紙を拾い上げた二人は何事もなかったように背を向けて去っていく。

いつも口を利かずに顔を合わせれば喧嘩ばかりしているのにも関わらず、両親は王家にどう抗議するかを真剣に話し合っていた。

クララもぶつけた頭を押さえながら必死にこちらへとやってくる。

ロイスとクララの瞳には涙が溜まっていた。



「っ、何があったんだ!アシュリー、何故……こんなっ」


「アシュリーお嬢様ッ!」



必死に声を掛けるロイス、クララは額に血が滲んでいた。



「また君を……守れなかった。すまない」



バートは苦しそうな表情を浮かべてアシュリーを見つめている。


(どうしてバート様がそんなお顔をするの?)


また、という言葉が気になったが、今はもう考えることができそうもなかった。

アシュリーは小さく「……ごめんなさい」と言うと意識を失った。



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