第6話
「……っ」
「本物の聖女は異界から来たユイナだったのよ。それからオースティンに相応しいのはアシュリー、あなたじゃないわ」
アシュリーは震える手を押さえていた。
その言葉で今から何を言われてしまうのか察しがついてしまった。
確かに体調管理を怠った自分にも非があるだろう。
しかしそれも体調が回復するにつれて力ももどりつつある。
アシュリーはまだ会ったことはないが、ユイナの力はアシュリーよりもずっと強いそうだ。
彼女の力の方が役に立つ、そう判断したのだろう。
(わたくしもまだまだ役に立てます……!今度は体調管理もしっかりしますって伝えないといけないのに)
そう言いたいのに、緊張から声が出てこなかった。
アシュリーは俯いて唇を噛み締めることしかできない。
息苦しさを感じながらもアシュリーが声を上げようとした時だった。
「アシュリーとオースティンの婚約は今日限りで破棄する。オースティンの新しい婚約者は今日からユイナ・アイダとする」
「……ッ!?」
「これはもう決定事項だ。それがサルバリー王国のためになる」
アシュリーは有無を言わせないその言葉に愕然としていた。
一方的に破棄される婚約、反論することも許されない。
頭に過るのは喧嘩ばかりしている両親の顔。
そして、直感的にわかってしまったのだ。
このまま婚約破棄されてしまえば待ち受けているものは間違いなく……。
そんなアシュリーにさらに追い討ちをかけることが起こる。
「やっと、やっとだ……!あの忌々しいエルネット公爵と夫人の顔を見なくてすむ。精々するなっ」
「本当よっ!随分と王家に失礼な態度を取ってくれたわ」
「王家を利用し続けた報いを受けるがいい!」
サルバリー国王と王妃が何のことを言っているのかアシュリーは理解できなかった。
国王と王妃は父と母の王家への傲慢な態度に対する怒りと長年溜め込み続けた恨みを次々と吐き出していく。
「…………嘘」
暫く、話を一方的に聞かされていたアシュリーはあまりの衝撃に言葉が出なかった。
その原因は主に国の結界を張るために大金を支払っているというものだった。
オースティンの治療を行っていた時も完治するまで大金を支払ったという。
初めて聞く真実に頭が追いつかずに呆然としていた。
それから治療を受けるために通う貴族たち、国民たちにも両親は治療費を要求していたそうだ。
それを知っていたら、こんなことにはならなかっただろうか。
オースティンや他の人たちがアシュリーを見る目が冷めきっている理由が、今日初めて理解できたような気がした。
「わたくし、ほんとにっ、本当に何も知らなかったんです……!」
「嘘を言うなっ!オースティンから聞いているぞ……!お前はいつも笑顔で治療していたそうじゃないか。皆からもらった金で、さぞいい思いをしていたのだろうな」
「わっ、わたくしは……何も知らなくて……!信じてください」
「今更、そんないい訳が通ると思っているのか?馬鹿馬鹿しい」
誰もアシュリーの話を信じようとはしない。
アシュリーは両親から本当に何も知らされていなかったのだ。
(まさか王家がお父様やお母様に大金を払っていたなんて……!それに今まで治療してきた人たちも無償ではなく、お金をもらって?)
サルバリー国王と王妃から見れば、大金と引き換えにオースティンの治療をしてはすぐに帰っていく。
国王たちはオースティンの命が掛かっており、エルネット公爵やアシュリーに文句を言うこともできない。
もし何か口を出せば「結果を張らない」「治療をしない」と脅されてしまう。
王家から見てアシュリーは社交の場に出ることもなく家に閉じ籠り、好き勝手しているだけ。
とても身勝手に見えることだろう。
国王と王妃はアシュリーを鋭く睨みつけていた。
今まで溜め込み続けていた怒りや憎しみは、目の前にいるアシュリーに容赦なく向けられる。
「わたくしは、オースティン殿下とっ、王家のために……!信じてくださいませ」
「……」
「お父様とお母様のやったことは許されることではありません。わたくしから謝罪をっ」
アシュリーは必死だった。
自分がどう見られていたのか気づいて、とても恥ずかしかった。
間違いを正さなければいけない……両親にちゃんと話を聞いて、真実を知るところからだ。
そう思っていたアシュリーが口を開くが国王によって一蹴されてしまう。
「いい訳はいらない。不愉快だ」
「……っ!?」
「王妃教育は終えているとはいえ、部屋に閉じこもってばかりいるあなたにこの国の王妃は務まらないとずっと思っていたのよ!」
「それは部屋でも治療をしていてっ……!」
「──お黙りっ!治療を終えたらすぐに部屋から出て行ってしまうと侍女から聞いたわ!本当にオースティンを気遣って、王家のためにというならばそんなことができるはずないのよ!」
「……!」
サルバリー国王たちはアシュリーが部屋で治療ばかりさせられていたことをまったく知らないのだろう。
それに今更、オースティンとの冷めきった態度の理由がわかったところで、アシュリーにはどうするここともできない。
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