第5話

そう思っても体は言うことを聞かない。

何度も咳き込みながらも、これ以上は無理だと判断してアシュリーは外に出た。

結界をうまく張れずに出てきたことから国王と王妃はカンカンに怒っていた。



「──いい加減にしろ!己の責務を果たせ」


「あなたは何のためにここにいると思っているのよ!」


「ゴホッ、申し訳……ございませっ」



しかしアシュリーはその言葉も聞こえないほど咳き込んでいた。

馬車で待っているはずのクララの姿がぼやけて見えた。

そこからアシュリーの記憶はなくなっていた。


その二日後、意識が戻ったアシュリーは衝撃的な事実をクララから聞くことになる。

自分と同じ力を持った少女、つまり聖女から異界から現れたのだと知らせを受けたアシュリーは驚いていた。

サルバリー国王は聖女がアシュリーだけでは不安だと思っていたことを知っていた。


異界の聖女がサルバリー王国に舞い降りたことは国中に広がった。

アシュリーが体調を崩して魔獣に苦しめられているタイミングでの新しい聖女ということもあり、異界の聖女の登場は吉報だっあのだろう。

皆、異界の聖女に夢中だった。


オースティンも異界の聖女であるユイナを歓迎して、いつも行動を共にしていると噂で耳にした。

アシュリーは緊張からドキドキする胸を押さえていた。

自分の代わりが現れた。頭に嫌な事ばかりが思い浮かぶ。

アシュリーの不安は日に日に大きくなっていく。


父と母は毎日不機嫌そうに顔を歪めて、更に喧嘩が絶えなくなっていく。

クララが安心させるように声を掛けてくれたが、これからどうなるのか手に取るようにわかるのだ。

王家から暫くは結界を張る役目はユイナが代わりにするからアシュリーは王城に来なくていいということになった。


その間、ロイスは一カ月の休学届けを出してくれた。

ロイスがエルネット公爵邸にいてくれることでアシュリーはやっと満足に体を休めることができたのだった。

アシュリーの体調が戻るまで二週間かかっていた。

そんな時、タイミングよく王家から呼び出しを受ける。

嫌な予感を感じつつも、アシュリーは王城に向かう支度をしていた。

ロイスとクララが「一緒に行く」と言ったが、アシュリーは首を横に振る。

恐らく今までのことを責められて責任を取れと言われるのだと思ったアシュリーはこれ以上、クララとロイスに迷惑をかけたくない一心でそう言った。



「アシュリー、今日はバートも来るんだ」


「バート様が?」


「ああ、アシュリーに話があると言っていた」



アシュリーはバートの姿を思い出していた。

ペイスリーブ王国に帰る前、バートと話をしたが彼の印象はとてもよかった。

アシュリーを支えてくれた逞しい腕は温かかった。

馬車に乗りながらアシュリーは優しさをくれるバートのことを考えていた。


(また、バート様とお話ししてみたい)


サルバリー王国はアシュリーの結界に頼りきりだ。

それがアシュリーの大きな大きな負担になっていたことも事実だ。

他の聖女が現れたことは、とても嬉しいはずなのに素直に喜べない。


(もうすぐ城に着いてしまう……)


変わる景色にアシュリーはドキドキする心臓を押さえていた。

大丈夫と言い聞かせていたけれど、アシュリーの想像よりもずっと辛い現実が待ち受けていた。


サルバリー国王と王妃の元へ向かうため、長い長い廊下を歩きながら二人が待つ部屋へと向かう。

扉を開くと妙な緊張感と異様な空気感がアシュリーにも伝わってくる。

足を進めていくが手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。

サルバリー国王と王妃は、まるで汚い塵を見るような目でアシュリーを見ていた。



「……ご機嫌、麗しゅう存じます」


「挨拶はよい、今日は大切な話がある」


「はい……なんでしょうか」


「アシュリー、もうあなたの力は必要ないわ」


「え……?」



その言葉に驚き目を見開いた。

国王と王妃の視線はアシュリーに冷たく突き刺さる。



「異世界から〝本物の聖女〟のユイナを召喚した。サルバリー王国を窮地に陥れた無能な聖女にはもう用はない」


「……ッ!」



アシュリーが体調を崩して力が使えなかったことで結界を張ることができなかったのは事実だ。

しかし今まで十年間、休まず城に通い結界を張り続けた功績が無になってしまう。

体調を崩して休んでいることでそのように言われたことにショックを受けていた。



「自らの職務を放棄して邸に篭り、我がサルバリー王国に多大な損害を与えた。国民たちを治療することすらやめたそうではないか」


「王家に苦情が寄せられて大変だったのよ。すべてあなたのせいだわ。この責任をどう取るつもりっ!?」


「そんな……」



今回の一件をすべてアシュリーのせいにして国民の怒りを向けるつもりなのだろうとすぐにわかった。

そうすれば王家が責任を問われることなく、すべてが丸く収まるのだろう。

アシュリーが体調が優れずに休んでいたことを誰も労わることはない。

厳しい視線だけが向けられていた。

アシュリーはあまりの仕打ちに目に涙を溜めていた。



「それにユイナはアシュリー以上の力を持っている。今のお前よりもずっと役立つものだ」

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