第7話
「ユイナは何も知らないにもかかわらず、懸命に努力しているというのにお前はエルネット公爵邸から出てこずに、誰とも交流を持ちはしない……王家の役にも立たない王妃など必要ない」
その言葉は、両親から言われていた言葉と真逆なものだった。
『アシュリー、部屋から出たら絶対にダメよ!』
『パーティーなんて出たらいけない。余計なことを吹き込まれたら大変だからな!』
『国王陛下も王妃殿下も、あなたの事情をキチンと理解しているわ。だから安心していいのよ?』
『お前は治療を行うことで、しっかりと王家と国の役に立っている。何も心配することはない。立派な王妃になれるはずだ』
『だからこのままでいいのよ?社交界の場に出たらあなたを利用しようと群がる悪いやつがたくさんいるの。関わったら大変な思いをするのよ』
『アシュリー、お前のためなんだ……!私たちを困らせないでくれ。わかるだろ?』
そんな言葉の数々がアシュリーの頭を過ぎる。
(お父様とお母様は……ずっと、わたくしに嘘をついていたの?)
そう思った瞬間にアシュリーは息ができなくなるほどに胸が苦しくなった。
「本当にその通りだわ……!オースティンは役立たずのあなたなんかより、ユイナを心から愛しているみたいなの。アシュリーがオースティンに愛されないのも当然だわ!偽物の力でわたくしたちを騙してきたんだもの」
「エルネット公爵にもそう伝えておけ!偽物はいらないとな」
国王と王妃の言葉が発せられる度に、体と心はまるでナイフを突き立てられているように痛んだ。
こんな気分になったのは生まれて初めてだった。
アシュリーの中で何かがガラガラと壊れていく。
息の仕方も忘れてしまいそうになるほどの苦痛にドレス裾を握りしめて、俯きながら震えることしかできなかった。
上から浴びせられ続ける暴言に頭がどうにかなりそうだった。
(辛い……悲しい、苦しい……)
あまりの辛い現実に心が追いつかずにいた。
言い返すことも、説明することもできないままだった。
アシュリーはどうやってその場から立ち去ったのか覚えていない。
ただ頬には大量の涙が溢れて落ちていく。
裏切られた、騙された……被害者だと思っていたアシュリーは知らないうちに加害者になっていたのだ。
気づいた時にアシュリーは中庭に立っていた。
色とりどりの花が咲き誇るこの場所は、自由に外に出ることができないアシュリーの心を癒してくれていた。
この場に足を運んでいたアシュリーは暫くボーッと花を見つめていた。
そんな時、楽しそうに笑い合う声が聞こえてゆっくりと涙で濡れた顔を上げた。
そこにはずっと焦がれていた笑顔のオースティンの姿があった。
アシュリーの足は無意識に彼の元に向かう。
今まで積み上げてきたことは無駄ではなかった。
オースティンならば今、窮地に追い詰められたアシュリーを助けてくれるかもしれない。
アシュリーがオースティンをそうやって救ったように。
(オースティン殿下なら助けてくれるかもしれない。今までわたくしに冷たい態度を取っていたけど、本当は……!)
そんな淡い期待を抱きながら、アシュリーはオースティンの元に足を進めた。
温かい思い出はまだアシュリーの心の中に残っている。
(オースティン殿下……!)
アシュリーが名前を呼ぼうと唇を開いた瞬間、彼の腕の中にいる黒髪の可愛らしい少女が見えた。
アシュリーと同じくらいの歳だろうか。
黒髪の少女はオースティンの頬に手のひらを滑らせて幸せそうに笑っている。
そしてオースティンもその少女に笑顔を向けているではないか。
オースティンはアシュリーに気づいたのか、黒髪の少女……恐らく先ほどサルバリー国王と王妃の話に出てきた異界の聖女であるユイナを守るように抱きしめた。
そしてサルバリー国王と王妃と同じように、憎しみを込めた視線を向けてからアシュリーを鋭く睨みつけている。
アシュリーはその場から動けずに、ただ目を見開いていた。
「おい、アシュリー!ここに何をしに来たんだ!?」
「……ぁ」
「父上と母上から話は聞いただろう?偽の力で俺たちを騙し続けて金を無心するなど………腹立たしいことこの上ない」
「……っ!」
「お前の顔など、二度と見たくないっ!もしユイナを傷つけようとするならば容赦しないからな」
アシュリーに待ち受けていたのはオースティンからの明確な拒絶だった。
アシュリーの中にわずかに残っていた希望すら打ち砕くオースティンの言葉に愕然としていた。
「この状況を見て分からないのか?お前にもう用はないんだよ」
「オースティン様っ、そんなひどいことを言ったらいけないわ!」
「だが、ユイナ……!こいつは俺たちを騙していた偽の聖女だぞ」
「でも可哀想ですっ……!」
恐らく目の前にいる少女が異世界の聖女なのだろう。
オースティンに〝ユイナ〟と呼ばれた少女は心配そうにアシュリーを見ていた。
(可哀想……わたくしが、可哀想?)
ユイナの言葉にアシュリーは俯いて、ぼやける視界で自分の掌を眺めた。
(わたくしは本当に偽物の聖女なの?だったら今まで十年もやってきたことは何だったのよ)
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