035:サンドイッチマンはスパイ


 虱潰しなんて馬鹿げている。

 

 そう思うのは山々だった。だが、それ以外に選択肢がないのも事実であり、それと同時に二階席から更に彼等を炙り出す手段についても考えねばならない。


 二階席は満席には程遠く、かなりの空席が目立つ。何かしらの用事が重なっているのか、それとも客が来れなかったのか。まるで分からない。


 だが、無理難題であるには違いない。だからこそ、僕は自分が道化師であることを存分に発揮する事を選んだのである。

 

「商売繁盛、御利益大有り。金の雨が降ってくる銀の神様の偶像は御入用でしょうか!?」


 そう宣伝しながら、僕は客席の間を間抜けのように練り歩いた。

 サンドイッチマンの如くプラカードを掲げ、微笑んだ。出し物の余りの耐火布で作った間抜けな人形を見せびらかした。その姿は間違いなく、僕が少し前に目にした脚の神様を模っていた。


 知らぬものは目を背け、知るものは冒涜を許せず何かするであろうという予想のもと、僕は奇行に走ったのである。


 実際に、僕に語りかけてきたのは二組だった。


 一組は赤茶けた肌をした初老の商人で白い髭を蓄えていた。その周りには護衛らしい男が数名おり。武器はなくとも十全に戦える。そんな雰囲気を纏っている。


 何を隠そう、この男こそははレイを家庭教師として雇っている商人であった。

 この間のパイソン亭での会食では僕はドーランをつけていなかった挙句、顔も付き合わせていなかった為、彼はまるで初対面だというふうに語りかけてくる。


 レイのあの語りぶりを見ると、彼は自分の雇い主が邪神の信仰者であることを知らないのか、それとも…


「君はさっき昼の部の大取りをしていた少年だね?君はガス・デ・オロを知っているのかね?」


 僕は微笑んでみせた。


「勿論です。彼の神は僕が芸人を志した時に銀貨三枚を当面の資金として寄越してくれました」


 空恐ろしいことにそこまで嘘は言っていない。こっちとしては冗談じゃないのだ。しかし、そんなことは商人はつゆ知らず、大笑いしてくれやがった。


「本当かね、それが帝国銀貨とするなら随分と太っ腹じゃないか。しかし、今の君がこの舞台に建てていることを鑑みると、ガスの投資センスは神の名に恥じないようだ。ところで、どうして君の売る偶像は足の形をしているんだ?」


「これが僕の夢に出て来た彼の姿だからです。壮大に過ぎて足しか見えなかったわけですね」


「はは、君はやはりこの舞台に立つにふさわしい道化だ。実際の所、ガス・デ・オロの姿が正確に描写された書物は何一つない。それをどう捉えようが個人の信条次第だが、まさか巨大な足と取るとはね」


 そういうと、初老の男は手を差し出した。


「いいだろう。取引成立だ。儂の名はドン・ハウザー。神にあやかって代金は銀貨一枚でいいかな?」


 思わぬ収入に僕は思わず頬を綻ばせた。

 彼の言動からなに一つとして読み取れなかったことを鑑みるとマイナスかもしれないことは棚に上げた。


 二組目は白髪の偉丈夫であった。色刷りの眼鏡を付け、コートを着込んだその姿はどこから見ても不審者だった。


「私が知る限りでは、その神の名はドゥ・ラムというらしいのだが、違ったかな?」


 あからさま過ぎるその言い口と行動に僕はうんざりした。


「何してるんですか、隊長殿」


 どこからどう見ても其奴はヴラドだった。おまけにその横に居るのはグレースだ。フードを被り、外の売店で売られている道化師スタンスクを模った御面を付けている。


「何を言っているのか、全く分からないがドゥ・ラムのことなら知っているとも」


 そう言って、僕にヴラドは耳打ちした。


「教国の連中がドゥ・ラムについて知る客を根刮ぎ連行した。残るはあのハウザーだけだ。上手く逃げ仰たにも関わらず、尻尾を出した理由が知りたい。グレース、やってくれるな?」


 隣のグレースがボソリと溢す。


「あいつの行動が突飛すぎて警戒されなかっただけに思えますがね」


 僕も全くもってその通りだと思った。頭を抱えたくなっているのを隠すこともグレースに言い返すことも出来ない。それを察したのか、ヴラドは更に難題を積み重ねてきた。


「そうそう。教国の連中は随分と殺気立っていたな。もしかすると、何か掴んだのかもしれない。もうすぐ何かが起こるやも…。遊兵としての活躍を期待するよ、トリックスターくん」

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