033:ガス・デ・オロ

 二人組の口から出た言葉は二つだけだ。


 一つは『糞ったれ』、もう一つは『ガス・デ・オロ』。


 前者は多少手荒な尋問中、数えきれないほど繰り返された言葉だ。勘違いのしようの無い純然たる罵倒である。


 一方の、ガス何たらというのは大男が事切れる寸前に口について出た言葉だった。罵倒以上の意味があるのは間違いない。

 

 彼の呆気ない死については、手違いがあったとしか言えない。彼が余りに暴れる為に手を滑らせてしまったとグレースは言ったが、本当の所は分からない。


 グレースにその言葉について問うてみても、彼は唯こう答えただけだ。


「俺には分からないな。言葉の響き的には、帝国領の南端にいる民族連中がそういう言葉を使ってたはずだ」


 僕は呆れたようを隠そうともせず、言った。


「分からないづくしですね。語学も密偵には必須でしょうに」


「帝国に何百種類の言語が飛び交っていか分かってるのか?それの固有名詞まで網羅することができる訳がない。それこそ、専門の学者でなくちゃな」


 彼の言う事は最もだった。だからこそ僕はブルテリアの彼をグレースへ押し付け、一も二もなく部屋を後にし、関係者席の方へ向かったのである。


 思い当たる適任は彼しかいなかった。

 

                 😄


 時刻は、午後の部がそろそろ始まるという所であり会場には少しずつ喧騒が戻りつつあった。関係者席は100席程であり、出場者の各々の親族や友人を二人まで招待できるといった規約となっている。


 階層としては第二階。見晴らしは悪くなく、座席も革張りの座り心地の良い椅子である。

 

 そんな中、僕は楽し気に話しているレイとハワードの姿を見つけた。

 ヴラドに願ってとってもらった最前席の特等席には、ドリンクホルダーがついており、中にはヨーグルトグラニータが並々と注がれていた。


「来てくれて嬉しいよ、二人共」


 僕はそう言って、二人に声を掛けた。数刻前の尋問のせいで酷くまいっていたが、かなり明るく言えたと思う。

 

 実際、二人は此方を振り返って笑ってくれた。


「わお、スターのご登場じゃないか。全く凄かったな。本当に驚かされたよ、テリー」


 バイキングの王様みたいに豪快に笑うハワード。いつものエプロン姿と違い、今日は趣味の良い黒色のジャケットを着ている。ぱっと見では麻薬カルテルのボスみたいに見える。


 隣に座るレイは藍色のツェードを着ており、学者然とした雰囲気に拍車をかけている。


「君の演目はもう終わりなのかい、テリー?あんな奇術は見た事ない。どうやって、あんな大きなものをどうやって動かしたのやら」


「すごいでしょう?燃えない布をアランと一緒に開発したんですよ」


 誇らしげに話す僕をレイは興味深気に此方を見詰めてくる。僕は大仰な身振り手振りでその気恥ずかしさを隠す他なかった。


「ところで、公演中にこの席の方を見た時に二人共、見当たらなかったのですが、どちらにいたんでしょう?」


 僕の疑問にハワードはやはり豪快な笑いで返す。


「何、この間、店を貸し切った商人の所に呼ばれてしまってな。断ることも出来ずに、そこから見物させてもらったんだよ」


 レイもにこやかに言う。


「その席も此処と同じぐらい見晴らしの良い場所だったから、君の姿は変わらずよく見えたよ。お得意様のあの人も凄く褒めてた。特に、あの中に浮かぶ紋章とかね。遥々南端から帝都に居を移してよかったとすら言っていたよ」


 南端。その言葉を聞いて、楽しい気分は霧散した、聞くべきことを思い出したからだ。


「へえ、それは良いことを聞いたね。今度、営業にでも行ってみようかな。ところで、此処に来たのはレイに一つ聞きたいことが出来たから何だ。唐突で悪いけど」


 僕は申し訳なさそうにレイに聞いた。


「『ガス・デ・オロ』。この言葉について何か知らない?」


 それを聞いたレイは苦笑いを浮かべる。まるで僕がいきなり寒い冗句を口走ったかのように


「知っているけれど、またどうして?」


「楽屋で知り合った口走っていたんだ。彼も南方から来たらしいのだけれど、譫言の様に隙あらば繰り返すものでね。多分、遺言だってそう言うんだろうなってぐらいだよ。それが何なのか知りたくなるのは当たり前だろ?」


 レイはその苦笑いを更に酷いものへと変える。


「そんな奴がいるなら今すぐ縁を切るべきだね。およそマトモとは思えない」

 

 隣のハワードはまるで意味が分からないという風に首を傾げた。


「それで、結局どういう意味なんだ?その『ガス・デ・オロ』ってのは」


「昔、南方で信仰されていた神の名です。無限の銀を齎し、人の欲を煽り、堕落させる。帝国の戦禍期において、それを崇める者達がクーデターを起こし、敗戦寸前まで追い込まれたことがあります」


「つまり、その名を語る奴は大概カルトの糞野郎ってことか?」


「口汚く言えば、そうですね。ハワード。TPOに反していることを除けば満点です」


「昔、と言いましたが、今はそれほど信仰されている訳でもないのですか?」


「ほぼ消されたと言って差し支えないでしょうね。一部の酔狂な金貸や商人の中にはご利益が有るとかないとかで偶像を家に飾っている方もいますから、一概には言えないですが」


 僕は精一杯の微笑みを浮かべる。


「それは良いことを聞きました…」


 何も良い事はない。状況が好転したわけではない。ただ、そう言う他なかっただけだ。

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