025:何者でもない

「僕の提案は単純です。その犯行声明もどきについて、ヨセフにそれとなく問うてみましょう。彼なりの答えが聞けるかもしれません。正しくは『彼等』と形容すべきかもしれませんが」


 僕の進言に、ヴラドは目を細めた。


「君の言う『彼等』からの情報網は既に持っている。君と違い、百年近く保たれてきた図太い線が集まった目の細かい網だ。それには何も掛かっていない。それを鑑みて、ヨセフから何か聞けるという根拠は?」


 僕は深々と一礼して見せた。手を差し出し、許しを乞うた。


「僕が何者でもないからですよ。隊長殿。程度の差はあれど、貴方達にとっても彼等にとっても同様に、僕という存在はどうにでもなる」


 静寂が流れた。


 この巨大な空間に存在する空気の揺らぎは限りなく少ない。その中で最も大きいのが、ヴラドが笑いは堪えようと躍動する荒い呼吸だ。


 グレースは何も語らず、口を結んでいたが、少しだけ寂しげに見えた。

 

 そして、ヴラドの大笑いが響き渡る。恐らく、祭りの当日でも響くことのない本当の笑いであった。

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