019:銃という名の舞台装置と暴力装置
さて、僕がまず初めに取り掛かったのは、開口一番に客を惹きつける為の小道具だった。
どんな物事も駆け出しが何より重要だ。最初に滑れば、それでお終い。何かこう必然的に客を惹きつけられ、それでいて瞬時に披露できるものが必要である。
だが、そんなにも都合の良い代物が有るのだろうか、そう頭を捻ってみた。
そこで脳裏をよぎるのは、あの忌々しいグレースの一言。
『意外性と予定調和』
僕にはピンと来た。答えは一つしかない。
どういうことか分かりにくいかもしれないが、つまりはこういうことだ。その二つを両立しているものは一つだけ。
『銃』である。
昔、ロシアの文豪チェーホフはこう言った。
物語に登場した拳銃は必ずその引き金を引かれねばならない。
それは詰まる所、予定調和であり役割についての論理である。舞台の上では全ての要素が効力を発揮し、無駄なものなどあってはならないという事だ。
では、銃の誇る意外性とは何だろうか。
それはつまり、威力である。
指先を少しばかし動かしただけで、歴史を動かす力すら発揮する。1914年。オーストリアの田舎町で起こったように。
更には、此処は異世界。正しく意外性の塊と言えるだろう。
きっと、僕がテロ屋に嫌疑を掛けられやっつけられてしまいそうになっても、役に立ってくれるはずだ。
そうと決まれば行動は早かった。
最初に目をつけたのは、アランが初対面の僕に向かって突きつけた板ばね式の弩銃である。
彼の話によれば、あれは彼の師匠が設計したものであり、銃の台座部分に仕込まれた板ばねをレバーによって駆動させ、弦の掛金を引くというゴーツ・フット方式の弩銃であるらしい。
図面もしっかりと現存しており、その精巧さには目を見張るものがあった。
真面な工具を手に入れることすら容易ではないこの世界において、DIY以上の何かを組み立てることはかなりの難度を要する。
とはいえ、僕にはそれを木材だけで作るつもりなど端からなく、更にはより単純化するつもりであった。
まず、板金鎧を貫通できるほどの張力は必要ない。
よって、弓を水平に配したコイル発条に換装する。炭素鋼では加工が大変である為、黄銅を熱間成形したものを用いた。
近所の鍛冶屋に発注した所、おかしな顔をされたが、金を見せればすぐにやってくれた。
次に銃身だ。これについても鍛冶屋に純度の高い鋼で成形してもらい、ヤスリと旋盤で内側を磨き上げた。
そして、これと外径が一致するよう外面は鋼鉄、内張は真鍮のキャップを作り、銃身に溶接する。
このキャップには犬釘が丁度、填まる程の孔が開けられ、犬釘には微細な切れ込みを施している。この犬釘は掛金によってコイル発条へと連結され、台座に嵌めた鋳鉄製のレールにそって稼働し、撃針としての役割を果たす。
これで銃のパーツは以上である。片手の指で数えられる程のパーツしかない。それでも幾つかの疑問が思い浮かぶことだろう。
第一に、なぜキャップの内張が真鍮製であるか。第二に何故、撃針は犬釘で代用するのか。
一つ目の答えは至極単純であり、ガス漏れを徹底的に塞ぐ為である。
鋼鉄では膨張せず、内部の火薬が燃焼する際に生じるガスを逃してしまい、弾丸の初速が落ちるのみならず漏れた高熱のガスを素手に浴びることになってしまう。
対して、真鍮の熱膨張率は金属の中でも優秀極まりなく、薬莢が発明されて以来、その材質が変わったことはないほどだ。
二つ目については、純粋にコスト面での問題である。犬釘はトロッコの敷設に不可欠である為に容易に手に入る上に、手頃な返しがついたそのフォルムは今回の設計に最適だった。そして、撃針自体にある程度の重さを要したというのもある。
今回の試みに際して最大の問題は、雷管に使うための過敏な火薬を準備しがたいということがある。
雷酸水銀や雷酸銀を合成したくても、原料が高価過ぎるのだ。
それなら、撃針や弾丸の構造自体を工夫することを選ぶ。
弾丸は硫黄や燐、酸化マグネシウム等を混ぜ込んだ弾頭と、無煙火薬製の厚紙を巻いて作った薬莢、二層に分けた炸薬。
一層目はワセリンに混ぜ込んだニトロセルロース。二層目は雷管代わりに目の粗い鉄粉と過酸化アセトンを染み込ませ乾燥させた珪藻土によって構成される。
此処にやけくそじみた犬釘の衝撃が加わり、連鎖的に火薬は炸裂して晴れて弾丸を吐き出すのである。
ライフリングこと旋条痕が刻まれていないことに関しては致し方ないと、飲み込む必要がある。
そこまで精密な旋盤やドリルといった代物はこの世界にはまだないのである。精度を求めるなら弾丸自体に矢羽をつける他ないだろう。
とはいえ、僕が求めているのは大道芸のスターターピストルであり、万が一のことがあったとしても、コケ脅しの道具として相手を怯ませるだの軽度の火傷を負わせるだのが御の字だ。
僕は大道芸人だ。
人々を笑顔にしたくはあっても、軍拡競争に一石を投じたいとは思っちゃいない。
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