015:ヤられないための究極のノウハウ


 それから2日と立たず僕は目隠しをつけられた上で、よく分からない納屋の中へ連れて来られていた。


「ようこそ、テリー・グレアム。君は名誉ある一歩を踏み出した。その選択が世界を救うかもしれないし、そうでもないかもしれない。何にせよ我々は君を歓迎する」


 ヴラドはセールスマンのように微笑みながらそう言った。


 その隣には例のグレースが控えている。此方はあいも変わらずおっかない殺し屋の表情である。

 

 納屋はまさに秘密の訓練場といった施設だった。


 地面は良く踏み固められた土。その中央半径五メートルには地面に鋲留めされた円状のなめし革製舞台が広がる。


 壁一面に配された武器ラック。ハルバードや長剣といった長物から投げナイフやスティレットといった暗器じみた得物が整然と並べられている。勿論、真剣も練習用の模造刀も揃っている。


 鉄格子の嵌められた天窓。その他に光源はない。端の方に置かれた水樽。水分の補給の為か、気絶した者を気付けする為か、それとも…

 

 兎に角、胡乱であることには変わりない。


 僕は剥ぎ取った目隠しを握りしめながら、気をつけの姿勢を取った。


 余計な口は挟むべきでは無いと本能が悟っていた。


「殊勝な態度だな、グレアム。終始それで頼みたいな。この間言ったように、君の冗句は幸福を運んでくる類の代物じゃない。それで、君は此処に招待された理由を答えられるか、勿論、冗談抜きだ」


 ヴラドの言葉に数秒前の自分に感謝した。そして、思い当たる節をそのまま語った。


「最低限の殺されないノウハウを学ぶ為であります」


 敵からも味方からもである点においてこの返答は満点であるように感じていた。


「悪くない。物事の本質を突いている。我々の界隈において殺されないということは即ち、相手より先に相手を排除するないしは無力化するという事だからな。そこまで分かっているならあとは十分だ」


 ヴラドは視線でグレースに合図を送る。


「教官は俺が担当する。死にたくなければ、死ぬ覚悟を持つ事。それが唯一の心得だ」


 僕はボソリと屁理屈を吐いてしまう。思わず、反射的に。


「正しく道化師顔負けの金言ですね」


 その瞬間、僕の首横を銀色の円盤が通り抜けた。


 眼前のグレースが素早く動いたのは理解できたが、それを正確に理解することはできない。彼の一連の動作は手品師としての僕より数段素早かった。カードフリップとは比べるべくもない。


 その飛翔体の正体を確認すべく背後へ目を泳がせる。


 背後の木壁に突き立つその武器はナイフと表現するには余りに禍々しい形状をしていた。

 

 いわばそれは枝分かれした刃の小木である。麻縄の巻かれた取手の他には石突にすら刃が施され、どのように標的に命中しても相手を掻き切るよう設計されている。


「一つ言い忘れていた。許可なく喋るな。長生きしたいならな」


 グレースの言葉に肩を竦めるのはヴラドだ。


「この訓練の趣旨はつまりそういうことだ。こんな感じのおっかない奴からどう身を護るかというな。じゃあ、私も幾らか用事があるのでね。後は二人でごゆっくり過ごしてくれ。それと、一応言っておくが不慮の事故がないよう気をつけて訓練に励んでくれ」


 ヴラドはそう言い残し。納屋を後にした。


一つだけ分かったのは、納屋は二重扉になっていて、どうしたって中から外の様子は窺い知れないということだけである。


 僕の前には暗雲が立ち込めていると言って過言ではなかった。

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