014:胡乱な来客

 胡乱な来客というのは、いつだって空気を読まないものだ。


 それが僕の場合に限って例外であるはずも無く、ヴラドの御仲間は僕が夜飯を食べている最中にやって来た。ランタンの淡い光がゆれる店内に、其奴は音も無く滑り込んできた。


 僕以外に誰一人いないタイミングを見計らって、声を掛けてきた。


「今晩は、テリー・グレアム。仕事の話を持って来たといえば、どういうことか分かるだろ?」


 カウンターに座り夜食のチーズリゾットに向き合っていた僕は、沈鬱な面持ちで振り返った。


 胡乱な来客は銅色のローブを着た二十歳前後の青年だった。

 

 青銅のような色をしたショートヘア。健康的で張りのある小麦色の肌。切れ長の目には言外の闘争心と冷淡さが覗いている。八十年代の戦争映画の死地に赴く兵士たちより数段えげつない。


 しかし、その物騒な雰囲気を別にすれば、かなり中性的な見た目をしており、一目見ただけでは何れの性別であるか判然としなかった。

 適切な性転換手術を行えば誰もが泣いて褒め称えるエロス足り得ただろう。

 

「実にいい夜ですね。夜食の最中に突然の来訪を抜きにすればの話ですが」


 其奴は僕の嫌味に付き合うつもりは無いらしく、二階を指差した。


「御託は良い。場所を移そう。お前の部屋に案内しろ。他に宿泊客がいないのは調べがついているからな。近場で一番マシだ」


「リゾットを食べてからでは駄目ですかね?」


「上から聞いた通りのふざけた性格だな。早死にする類いのヤツだ」


「物騒な人だ。貴方の上司といい貴方の態度といい…」


 僕はそう呟きながら、リゾットを片手に二階へ上がった。僕の部屋へ其奴を案内した。


 部屋で食べいいものかハワードに相談したい所ではあったが、迫り来る危機と食への渇望には抗い難かった。

 

 僕の部屋は四畳ほどの酷く狭い部屋で、窓際の机とベッドの他に壁に取り付けられた箪笥が一つあるだけである。


 とはいえ、風通しは悪くなく空調の存在しないこの世界を鑑みれば優良物件と言える。 

 

 僕は窓際の机にリゾットを置き、木製の簡素な椅子に腰掛けた。


 一方の胡乱な来客は唯一の出入り口である扉に寄り掛かり、部屋を見回した。


「悪く無い部屋だ。良いものは以外は全て揃ってる」


 当て付けのように其奴は言い、外套の中からスクロールを取り出す。


「契約の内容はこの中にクソ細かく書かれてる。してならない事、しなければならない事。その全てがな」


 僕はそれを受け取ろうと手を伸ばしたが、寸前で取り上げられてしまう。


「まあ待て。俺はお前がこの一件に相応しいとは、とても思え得ない。コイツを渡すのは俺が納得したその後だ」


 僕としてはそのいわくつきの仕事について、これ以上知りたくもなかった。


 だが、其奴の態度が気に食わないという一点において、何としてでも中身を見てやろうという気分にさせられた。


「こっちから願い下げだと言いたい所ですが、良いでしょう。何だって答えますし、なんだってやりましょう。とはいえ、先に貴方の名前を教えちゃくれませんか?ひょっとすると、長い付き合いになるやもしませんからね」


 僕の言葉に眉を顰めながら、其奴は言った。


「グレースだ。本名じゃないが、そう呼ばれることが殆どだ。便利遣いしてる偽名だな」


「それじゃあ、グレース。貴方が此処に来た要件を済ませて下さい。その傍、僕は此奴を片付けてしまいますから」


 僕は生ぬるいリゾットを口に運んだ。


「はあ、お前と一瞬でも同僚になりそうだっていう事実が最悪だ。そもそも御前みたいな素性知れずが、どうして諜報任務に一枚噛むことになってるんだ?」


「貴方の所の首吊り男が道端でスカウトしてきたからですね。彼の言い分では、部下にユーモアが足りないから協力してくれとのことでしたよ」


「あまり俺達を舐めるなよ。道化の真似事をするなんざ朝飯前だ。何処にだって入り込めるように訓練されてきたんだ、アホタレ」


「へえ、それなら持ちネタの一つ二つ有るんでしょうね」


「勿論。例えば、ナイフ投げなんてどうだ?此処から御前の脳天を違わずにブチ抜けるぞ?」


 グレースは懐から刃渡り10cm程のスローイングナイフを取り出して見せた。僕が手品で使った剃刀より数段、鋭く見えた。


「確かに、客にはウケそうですね。実際、僕も短刀でジャグリングをしましたし」


「とはいえ、人を殺ったことはないんだろ。そんなので、どうやってテロ屋共と渡り合えるっていうんだ」


「多分、貴方の上司は僕にそんなこと望んじゃいないですよ。恐らく、彼が買っているのは僕が素性不明という所だと思いますね」


「信用がおけないってだけの汚点じゃないかよ、そんなもの」


「悪く言えばそうですが、絶対に面が割れていないというのは代え難い利点でも有ると思いますよ。血縁者を人質に取られることも無いですし、僕と対峙しようとする誰かしらはかなりの無駄な労力を払う事になる。貴方たちがそうしたようにね」


 グレースは手元でナイフを弄び、少し考えてから言葉を発した。


「それが利点になるのは伏せ札が切り札の場合だけだろ。誰も何の役にも立たないカードに意味なんて見出しやしない」


「伏せてさえあれば、何の役でも全ては同じ伏せ札ですよ」


 僕はそう言って手を差し出した。握手か、打ち払われるか。


 その何れでもなく、グレースは蜜蝋で封の施された羊皮紙の巻物を渡した。

 

 彼は複雑な面持ちで此方を見据えている。それこそポーカーのプリフロップで未だ何の役も見えて来ない時のように。


「正直な所、俺はカード遊びが得意じゃ無い。何処までいこうと運に身を預ける事になるのが気に食わないからだ。恐らく御前の事が好きになれないのも同じ理由だろうな」


 僕はご大層な巻物を受け取り、そして彼の言葉もまた額面通りに受け取った。


 世の中には理屈抜きで気に食わない相手というのが少なからず存在するものだ。


「だが、それがこれから対峙するだろう相手方にとっても同じ事だとするなら、悪く無いと思える。裏切らないという確証はありはしないが、俺だっていつ首を吊られるか分からないご身分だ」


 そう話すグレースの端正な顔にはどこか陰りが見えた。


 多分、見るものが見れば、一撃で恋の崖へとノックアウトだろう。一方の僕は空飛ぶ道化野郎だったのでそれに落ちることはなかった。


「詰まるところ、全ては徒労だって事ですね。何にせよ我々に事を上手く運ぶ事以外の選択肢は無い」


「いや、一つだけ別の選択肢がある」


 グレースは意地悪く笑って見せた。これまたキラースマイルである。ジェフリー・ダーマーもタジタジである。


「眼と耳、口を塞ぎ、全てを無き事とし、棺桶に横たわるのさ」


 その碌でもない答えに僕は肩を竦めて見せた。


「詩的では有りますが、御免被りたいですね」


 それから巻物の封を解き、契約内容の確認を行った。


 それは酷く簡便で実用性に溢れた条項の羅列だった。

 例えば、指令の伝達はグレースを通して行われるかヴラドから直接渡される事。そして、命令違反は情状酌量の余地なく絞首台行きになること。独断専行は合理的説明を果たした後にやはり絞首台に登る事、等々。


 やるべき事というより、九割方罰則について書かれていた。


 そして、最後の方に申し訳程度に報酬について書き加えられている。

 

 曰く、『幸運の車輪祭』が無事に終了した場合、テリー・グレアムは以下の褒賞を得る。帝国金貨三枚。三年間の帝国憲兵隊による庇護及び監視。

 そして、ヴラド・ルキーニからの細やかな感謝。


 最後の一つは余計だという点は、グレースと気が合った。


そして、食べ残していたチーズリゾットが固まり切るまで僕たちは今後について話し合った。

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