004:期待という名の丸投げ

 此処で一旦、僕は話を区切った。


「と、いう訳で、僕はフライング・パイソン亭に宿を得たのです」


 目の前では、ヴラドが腕を組み、形のいい顎を撫ですさっている。訝しんでいるが、僕の話を否定のしようも無いという顔だ。


 今まで僕が話した内容は、転生云々を取っ払って、見ず知らずの山の中で父と自給自足の生活を送ってきたという嘘っぱちから始めて、気の良い店主に気に入られたという所までである。


 荒唐無稽に近いが、さりとて否定もできないという類の嘘である。

 

 顎から手を離し、ヴラドは分厚い机の天板を軽くノックした。


「それで、職の方は?」


「いえ、駄目でしたよ」


 僕ははっきりとそう言い切った。

 

 話の腰を折って申し訳ないという風に笑ったつもりだが、顔にドーランが付いていない事を鑑みると上手くいっている気がしない。


「そいつは何故だ?」


 ヴラドはありきたりにそう問い返した。


「手品は仕事の面接で披露すべき技能じゃなかったという事ですよ。手癖の悪さを公演しているのと差は有りませんから」


「とんだ間抜けだな」


「世の中、幾らか間抜けな方が生きやすい事もあります。そうでなきゃ、完璧に抜け目なくやり切る他無い。それこそ、憲兵殿の様にです」


「金言のつもりか?」


「良くて真鍮でしょう。僕には父が残した一枚の銀貨程の価値も無い。」


 正確には、父ではなく馬鹿でかい空飛ぶ右足だし、銀貨は三枚である。それに、真鍮に値するかどうかも怪しい。

 

 しかし、そんな嘘は推奨されてしかるべき優しい嘘だ。物事を円滑に進めてくれる。


 現にヴラドは次の質問へ移ってくれた。


「それで、結局、働き口はどうなった。未だに無職か?」


「それを言われると辛いものが有りますね。宿を得た後、日銭を稼ぐために路上に出た訳ですが、貴方みたいな国に仕える御仁からすれば路上アーティストなんて、物乞いとさほど変わりはしませんでしょう?」


「卑屈に成り過ぎるのも観客の興を削ぐぞ、テリー。それに国民の義務を果たしてるなら俺の前では皆、平等だ。金持ちの商人だろうが伯爵だろうが、平等に天秤に掛かる。憲兵というのはそういうものだ。お前が場所代を真面に払えてるなら、という注釈が付いてくるがな」


「業突く張りの巡回兵に煎じて聞かせてやりたい言葉ですね。全く」


 ヴラドは悩ましげに此方を見つめる。


「その件については、後で話そう。テリー、お前が現在に至るまでの話をもう少し語ってくれないか?」


「それは、構いませんが、未だに話の流れが見えないんですよ。なんでそんなに僕の生い立ちが気になるのか全く分からない。幾ら、戸籍台帳に僕の情報が碌にないからといって、そもそも戸籍表なんて出鱈目の極みじゃありませんか。わざわざ首吊りヴラドが出張ってくる程の事じゃないと思うんですが」


 実際の所、中世レベルの文明力では正確な戸籍を把握し続けるのは不可能だ。現代日本においても住民票の移動やら確定申告にあれほど手間をかけるのだ。異世界といえど、此処にビッグブラザーはいない。推して知るべしというところだろう。

 

 一方で、眼前に座るこの憲兵がオーウェルの妄想に準じていないと断ずることは出来ないのが悲しいところだ。


「戸籍台帳を軽視する態度は気に食わないが、疑問はよく分かる。その件についても、後で話そう。お前を此処に呼んだ理由も耳を揃えて並べ立ててやる」


 そう言われてしまうと、身の上話を続ける以外に取れる選択肢は無くなってしまう。僕は話を続けた。路上に放り出されてからの話だ。



                😄



 ハワードはただこう言った。天井では牛頭三つのシャンデリアがゆっくりと揺れている。


「宿は貸せる。飯も出せる。だが、雇うことは出来ない」


 僕は露骨に気を落として、溜息と共に問い返した。


「理由を聞いても?」


「建前上の訳は、お前に別の可能性を覚えたからだ。酒場のウェイターじゃなく、奇術師としての腕前だ。今のご時世、その食い扶持を逃す手はない。いま世間が何を望んでるのか知ってるか?」


「店長の料理?」


「お世辞を言ったところ合否は変わらんぞ。とはいえ、上手い食べ物というのも答えの一つだ。だが、もっと単純で的を得ている答えがある」


 そう言って、ハワードは僕から受け取った銀貨を親指で華麗にコイントスしてみせた。銀貨はシャンデリアの光を反射し、橙色の軌跡を残した。


「天秤が出たら表、鷹が出たら裏だ。どっちだ?」


 ひょっとすると、この男は僕以上に回りくどいことが好きなのかもしれないと、いわれのない嫌疑をハワードに掛けながら、僕は回答を口にした。


「裏」


 ハワードが開けて見せる。天秤の刻印が嘲笑う様に閃いた。


「残念。雇うのは無しだ。それで、問題の答えは分かったか?」


 僕は少し考えてから答えを口にした。


「娯楽ですか?」


「その通りだとも、テリー・グレアム。今、我らが帝国は正しく黄金期。人とモノに溢れ、好景気の真っただ中だ。よりよい生活、より旨い食べ物。そして更なるスリルと快楽。上手くいけば、君はその一端を担えるかもしれない。その器用さならイケると俺は踏んでる」


「お世辞を言ったところで、僕はしつこいですよ。建前の裏っ側は、どうなんです?」


 ハワードは意地悪く笑って見せたが、生来の人の良さが滲み出ているように見える。


「店の金をちょろまかされたら敵わんからな」


 その笑い方、その声色。どっちも建前で、どちらも本音である様に思われた。人好きのする笑みを浮かべたとして、それが意味するものなどあまり多くない。


「路上アーティストとして飯を喰えというなら、人が集まる場所ぐらい教えてくれませんか?」


「もう少し粘ってくるかと思ったが、本当にそれでいいのか?」


 ハワードは髭の裏に隠れた口をへの字に曲げ、聞いてきた。


「一月で目が出なかったら、土下座してでもここで働かせてもらいます。それに、こういう類の挑戦には慣れてるんです」


 やってダメなら、その時に考えるべきだ。前世で嫌という程繰り返してきたことだ。


 今更、躊躇することに何の憂いがあるというのか。

 

 僕は頼み込んで、ハワードにこの街の単純な地図を描いてもらった。人の多い通り。広場の位置。売り子(というより、サンドイッチマン)として雇ってくれそうな店。諸々。


 どうして、こんなに事情通なのか皆目見当がつかなかったが、敢えて聞かなかった。


 そっちの方が、味がある様に思われたのだ。


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