第2章 04 繋ぐ

「あぁそこに置いておいて頂けると、はい、ありがとうございます」


「こっちにも薪頂戴! ありがとうね」


「君もよく働くねぇ、ははは、本当に助かってるよ」


 職場には、感謝と笑い声がよく飛び交った。皆清々しい汗を流し、皆で苦手を補い合う。休憩は交代で取って良しで、定期的に果実の差し入れが配られた。

 日本も見習って欲しい職場環境。とても”呪いの儀式”の準備をしているとは思えない。一体こんなに立派な物を作って、誰を呪おうというのだろう……。

 しかしそんな事を、問いかけようという気にはなれなかった……。村の秘密を知ったなら、俺まで呪いをかけられそうだ。ついでにメアまで巻き込みそうだ。それだけは勘弁したい。


「お。あんがとなチョウ君」


「ふん」


 俺には懐かねぇんだな。まだ怪しまれてんだろうか。それかメアの仲間だってのが気に食わないのか……。

 まぁ別に俺は、メアみたいに誰にでも好かれる体質じゃないから、特段気にはならないが……あぁでも突っかかって来られると流石に参ってしまう……。毎朝踵落としのプレゼント……想像するだけで恐ろしい。

 どうやら俺が無意識的に優しく接する真意は、”懐かれたい”んじゃなくて、”マイナスな影響を受けたくない”だけらしい。



「お疲れ様でした~」

「は~い。また次もよろしくねメアさん、サエネくん」

「はい。お疲れさまでしたぁ」


 余所者の俺たちは”儀式”には参加しない。というより、参加させてもらえないのだ。さて、儀式は夜の間に行われるので、俺たちは俺たちのテントに戻って睡眠をとる……。


「じゃあ、あの人たちは、いつ寝てるんだろうな?」

「確かに……」

「昼間はテントん中に居たって眩しいくらいだし……」

「あ、でも、”蔵”は割と涼しくて、それに昼間でも真っ暗でしたよ?」

「蔵……? あぁ、確かにでかい家みたいなのあったな……あそこで寝てんのか……」


 この世界はそういう生活リズムが一般的なのか? 正直俺らは、夜にしか寝られない体だからどうにも合わないな。ココの人達からしたら、俺らの方がおかしいんだろうか。


「すー……すー……」


「……もう、寝ちゃったか……もうちょっと話したかったな……」


 そんな事を思うなんて、我ながら珍しい。昔は独りぼっち万歳とまで言っていたのに。慣れってのは恐ろしいな。こんな美少女が俺に話しかけながら寝落ちした。奇跡以外の何物でもない。ありがとう神様。


「……なんか寝れねぇな」


 わずかな尿意が気になって眠れない。どうやらこの世界の果実が俺の体質に合わないらしい。最近よく腹も下す。そろそろこの村から出て行って、船探しを再開すべきか。きっと今頃、船長たちは心配している。


 まぁなんにせよ一旦トイレへ……トイレなんて大層な物は無いので、近くの茂みへ行く。



「わ」


 テントから出ると、丁度、”呪いの儀式”とやらが始まった。荒々しく燃え上がる黄の炎と、それを取り囲み頭を下げ続ける村人達。皆、頭頂部が火に触れてしまうくらいに近づいている。

 何だかさっきまで、あんなに笑っていた人達が、あんな不気味な事をしていると思うと……正直気分が悪くなる。


「何をそんなに恨んでんだ?」


 俺はそんな事を考えながら、茂みに隠れ、じっと儀式の方を見つめてみた。その気配が察知されたのだろうか。村人たちが途端に立ち上がり俺の方を凝視した。まずい。そんな思いで、慌てて茂みの中に全身を隠した。間違いなく、何人かと目が合った。


「やっべぇ……森に逃げるか? あぁでもメアが……」


 そんな事を言っている内に、数十人の大人の足音が此方へ向かって来た。どうする? 話せば分かってくれるのか?


「おい!! 誰だ!! 誰が居る!?」


 怒号が飛んできた。不味い。本当に不味い……。

 その時だ。俺の隠れた、すぐ隣の茂みからガサガサと音がして、誰かが大人達の前へ飛び出した。


「え?」


「な、なんだ……チョウか……驚かせるんじゃない」

「ごめんなさい」

「はぁ……儀式を再開する。チョウは、”蔵”で大人しくしてなさい」

「はい」


 そうやってその場は収まってしまった。助かった……? そりゃあもう、尿意なんて忘れるくらいにホッとした。

 それにしても、どうしてチョウも隠れていたんだ? まさか俺を助けに来て……?


 いや待て待て。一旦テントに戻ろう。こんな所に居たら、また見つかるかもしれん。トイレは……もう後で良い。なんだったら漏らしても良い。



「あれぇ? おはよーございまぁす……冴根さん……はやいんですねー?」

「え? あぁ……な、なんか寝れなくてさ。あははー」


 結局あの後は生きた心地なんてせず、寝る事も出来なかった。今日一日のパフォーマンスは、きっと六割減になる。それはどうでもいいか。そもそも俺は、そんな大それたパフォーマンスが出来る様な人間じゃない。



「あら、寝不足?」

「え、えぇ」

「もしかして……儀式の音、うるさかった?」

「いえいえいえいえいえ! ガンガンやっちゃってください! あははは!」


「あらそう? あぁでも良かったわね。今日は”ナガヨンバリ”の”周目”だから良く寝られると思うわ」


「な、なが……な、何ですか?」

「”ナガヨンバリ”は”長いヨンバリ”の事よ」

「よんばりが何ですか?」

「ほら、お空が暗くなるでしょ? あれがヨンバリ。今は明るいから”マバリ”」

「あぁ、”夜”と”昼”か……」


 普段は短い夜と昼が繰り返して、定期的に長い夜が来ると……。


「じゃあ皆さんは、その”ナガヨンバリ”に合わせて寝てるって事っすかね?」

「そうそう」

「へぇ~……って、いてぇ!」


 背中に鈍痛。思わず前のめりに倒れてしまう。さらに何者かが追い打ちで、俺の背中に覆いかぶさって押さえつけに……!

 ま、またあのクソガキか! 俺が懲らしめてやる……! と、いつもならなっていただろう。しかし今日は事情が違う。チョウには一回分借りがある。その恩が返せるまでは、優しく接してやろう。それが”大人な男”の筋の通し方だ。


「は、ははは……よしよし、どうしたどうした? 寂しかったか? 今日から沢山可愛がってやるからな」


「え……う、うん……え? え?」


「ん?」


 あれ? メアの声? ん? これ、やったか?


「あらあら~やっぱりお二人、ただのお知り合いなんかじゃないんじゃないの?」


「ち、違います!! スエさん! 声おっきいです!」

「そ、そうだそうだ! 勘違いです! 俺、てっきり男の子が飛びついて来たと思って!」

「え」


「あぁチョウの事かしら? あの子なら、今お地蔵さまの所よ」


「あ! 本当だ! おーいチョウー! ちょ、ちょっとメア退いてくれねぇか?」

「……うん……」

「あ。えっと……人違いして、ごめんな」

「……うん」


 本当に申し訳ない事をした。仲間を間違えるとは……。今度、何かで償おう。



「よぉチョウ。話があるんだが……」


「……今はダメ」

「あ、あぁゴメンゴメン……墓参り中か……」

「うん」


 何か、クソガキ、とかって思ってたけど、案外そういう文化には真摯なんだな。ならば、俺にももっと優しくしてほしいモンだが……。

 墓には”英雄”という文字と、”誰かの名前”が彫られている。何と読むんだろう。

 そんな事を考えていると、チョウは深く一礼した後、すくりと立ち上がった。終わったのか?


「ごほん……えっと、その人、英雄なんだって?」


「みんなはそう言ってるけど……おれは見たことない」


「英雄って凄いよなぁ。男として憧れね?」


「……おまえじゃこの人にはなれないよ」


「は、はははー……良かったな、今日の俺が優しくて。お前命拾いした……あ、そうだ」


「……なに?」


「昨日はありがとな。助けてくれて」


「は? うざ……」


「ウザくねぇだろ。お前、カッコよかったよ」


「……うるさい」

「えぇ~ホントなのに」

「うるさい!」


 お。コイツちょっと照れてんな。今日の俺が優しいなんて前言撤回。徹底的に辱めてやろう。


「そんな謙遜すんなよぉ~。マジで惚れた! お前は俺の英雄だ! マジで、お前ならこの人みたいな英雄に……」

「むりだよ。おれでもむり」


「え……」


「だって……この人、おんなの人だもん」


「あ」


 あぁ……女性の、英雄の方? あぁなるほどね。そりゃあ俺もお前も、その人みたいにはなれねぇか。男だもん。納得納得。


「……でもね」

「うん?」


「おれ、めちゃくちゃ好き! この人のこと!」

「お、おぉそうか! いいじゃんいいじゃん! そういうの俺も憧れ……」


「だって、この人、俺の母ちゃんだもん」


「…………え?」

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