第2章 03 餓鬼
「ハコブネって……あのハコブネですか??」
「ご存知で御座いましょうか?」
……その時ふと、あまり深く知っている風にしない方がいいだろうか、と本能的に思った。それはもう、何となく。
もし俺やメアが、軽率にハコブネ関係者です、だなんて言ったら、必要以上に崇められるか、逆に嘘つき者として、何か酷い事をされるかもしれない。
そのくらいあの”地蔵”から、そしてこの村からは、歪んだ宗教的な何かを感じ取っていた。これも何となくで、失礼な話ではあるけども……。
「えっとぉ、ハコブネの事はですねぇ……どっかの遺跡とかで見たのかな? ちょっと覚えてないですねぇ」
「そうですか」
何とかやり過ごせた。まだまだこの村について知らない事が多すぎる。早めにお別れを告げ、船探しに戻りたい。
ここの村の人達に、墜落船の捜索に協力して貰おうとも思ったが……う~ん、船の話題を出す事さえ、何だか憚られる。やはりメアと二人で探し出すしか……。
「……あ。あれも”地蔵”ですか?」
「あぁ、あちらは墓で御座います」
地蔵の隣に、石碑の様な物が置いてある。墓か……。これまた地雷の匂いがする。あまり詮索は良くないな。俺は反省し学べる男だ。
と思ったが、村長はペラペラと墓の話をし始めた。コチラの気も知らないで……。
「あれは、”英雄(えいゆう)”サンマリー・ドゥペドゥペ殿の墓で御座います」
「英雄……なんで地蔵さんの真横に?」
「あの方は、この村に希望の灯を灯してくれたのです」
「ほぉ。希望?」
凄い人。まぁそんな感じだろうか。
「ドゥペドゥペ様は、あらゆる逆境をただ純然たる“愛”によって乗り越えました。というのも……おっと」
「え? どうしました?」
「すみませぬ。”儀式の時間”で御座いますので私はここで……」
「儀式……?」
村長は話半分の所で、軽く会釈をして、俺の下から去って行った。儀式とは何だろうか?
「さ・え・ね・さん! お疲れ様でーす」
「あ、あぁ、お疲れ」
薪運びやらを手伝っていたメアが、今ようやく戻って来た。生地の薄い衣服が汗で張り付き、あらゆる”モノ”の位置が、服の上からでも何となく見て取れる。そのくらい、彼女は汗をかいているのだ。汗をかく方が悪い。
さて、彼女は”お疲れ様”と言うが、俺は別に何もしていない。さっきまで森の中を歩き回っていた、と言っても、メアに比べりゃ疲れてはいない。
「……ん? つーか、もう夜か?」
「早い、ですよね」
「まだ全然、三時間くらいしか経ってないよな?」
「実は夜も短くって……何だか生活リズム乱れちゃいました……」
「そっか」
「あ……始まりましたね」
「あぁ……村長が儀式だとか言ってたけど……」
「はい。“呪いの儀式”だそうです」
「は? “呪い”?」
「ちょっと、怖いですよね」
ジャングルの先住民集落。地蔵。ハコブネの話。呪いの儀式。何だか長居はしたくない。そんな気がしてしまった。良いなぁと思えたのは、英雄が居たって話と、この村の人たちの人柄くらい……いや、人柄はどうだろう。この村、結構話題に
「ここが寝床で御座います。ごゆるりと」
「えっと……僕専用のテントってことですかね?」
「いえ。メアさんも同室で御座います」
「……いや、それはちょっと……」
「え~! 冴根さ~ん! 何で仲間外れにするんですか~?」
「いや、一緒に寝るのは流石に……」
「やです! 一緒に寝ます!」
「……ごゆるりと」
「あ」
「えへへ~」
狭く薄暗い部屋。窓はなく、容易に覗き込むことも出来ない。穏やかな環境音と安らぐ香り。一つ屋根の下には元国際的アイドル。
な、ななな何だこの神展開……じゃ、なくて! 事案! 事案です! このままじゃ犯罪者です!
「さ、流石に離れて寝ような! もしバレたら翠蓮にどやされるって……」
「……どやされたら、嫌なんですか?」
「嫌、だろ? 居心地悪くなるだろうし……」
「…………私以外にどう思われてもどうでもよくないですか?」
「え?」
「……もういいです。あ~あ! 寂しいなぁ~! 冴根さんに嫌われちゃったかもな~!」
「……はぁ。分かったよ……でも、ホント隣同士なだけな! それで勘弁してくれ!」
「えぇ? 初めからそのつもりですけど……?」
「ん?」
「あ~もしかして、同じお布団で寝ようとしてました~? えぇ~エッチぃ」
「やっぱ俺外で寝るわ」
「えぇ~何でですか~!」
もうここには居られん。顔から火が出そうだ。そうしていそいそとテントの入り口を開けた。
「あ」
「おめぇ誰?」
入り口を開けてすぐ目の前に、生意気な口調の少年が、堂々とした腕組をして立っていた。そうして俺たちを舐め回すようにこちらを窺っている。さて、何の用だろう?
「え、えっとぉ、ど、どうしたのかな? 何処の子かな? 何か用かな?」
「……襲わねぇのか?」
「は?」
「ビビり野郎」
「はぁ?」
クソガキは、そんな節操のない事を言い残しテントから離れて行った。何だったんだ?
「今の子……」
「ん? どうした?」
「今の子、チョウくんって言うんです。副村長さんの息子さんで……」
あぁ、道理で傲慢そうな訳だ……。ありゃ親の七光り。おまけに”襲う”だとか、そんなませた事言いやがるし……。教育どうなってんの。
「なぁメア、アイツと仲良いのか?」
「え? えへへ……何だか懐かれちゃいまして……」
「あんま止めとけよ? 誰にでも愛想よくするの……あぁいうのは調子乗るタイプだ」
「……え~なんか、冴根さんって、そんな事言っちゃう人だったんですか? 意外~」
「俺は結構言うぞぉ……? 性格悪いからな」
「絶対うそ! 冴根さんは良い人です!」
「あんま期待すんなよ……」
はて、思ったよりメアからの信頼度は高いのか? 誰がそんな事を吹き込んだんだ? あぁいや、社交辞令なんだろうな。期待しすぎ……。忘れて寝よう。
「おっはよ~ござ~いま~す!」
「ん? んん……? もう朝……?」
それから、だいぶ長く寝た気がする。何度も夢を見た気もする。どんな夢だったかは思い出せないが、今この瞬間も夢を見ているのだろう。こんな可愛い子が、寝起きがブスな俺を、こんなに爽やかに起こしてくれる筈がない……。むにゃむにゃ……。
「も~! 冴根さ~ん?」
「あぁ……ごめんごめん……起きる起きる。今起きっから……」
あぁ……このままグズグズしていれば、メアが無限に身体を揺すってくれるのか……。寝起きなもんで、少々思考が下種くなる。これがダルマンの言っていた話か? 中々いいじゃねぇか。そんな時だった。
「いてぇ!」
腰に激痛が走った。めちゃくちゃ痛かった……メアごめん……まさかそんなに怒るなんて思わんくて……。
「あ、あわわ! だ、ダメだよチョウくん!」
「うるせぇ! 姉ちゃんは俺のモンだ!」
「は……? あ、昨日のガキ……」
「だ、大丈夫ですか? 冴根さん?」
「おい姉ちゃん! さわってんじゃねぇよ!」
「な、何だ何だ?」
何だコイツ……? 朝からうるせぇー……。
「誠に申し訳ございませんでした……良く言い聞かせておきまする」
「あははまぁまぁまだ子供ですからいいんですよ。元気が一番。ねぇチョウ君?」
「うるせぇ! くっせぇんだよ!」
「このガキ」
「申し訳ございません……」
「いや、ホント気にしないでください。マジで怒ってないんで」
「あ! 姉ちゃん! おれも手伝う!」
「あ。うん。ありがとね」
メアよ。そんな年頃のガキに、そんな無垢な笑顔向けてたら、そりゃ懐かれるよ……。おかげさまで、そのガキの、嫉妬に狂った踵落としが、俺の腰に命中したんだぞ……。
「ホント……あのくらいの子が一番手がかかりますよね。お疲れ様です」
「ははは。痛み入ります……しかしですね、あの子は村総出で世話をしておりますので、不自由は御座いません」
「へぇ……他に子供は居ないんすか……」
あ。あまりこういう話は聞かない方がいいかもな……しかしながら、もう口をついて出てしまった……。
「えぇ……この村の子供はチョウだけでして……」
「あぁ、えっと……す、すいません、変なこと聞いて……」
「いえいえ。構いません。何よりあの子は、この村の宝ですから」
「宝……そうっすね……子供は宝、良いと思います」
「えぇ。あの子は象徴なのです。この村を、次世代につなげる希望の象徴」
「……ははは、きっと成ってくれますよ。あの子、根は良い子そうですしね。ははは……いてぇ!」
「おい! おまえ! おまえも手伝え! 男のくせにだせぇぞ!」
「このガキ」
本日二度目の踵落としを喰らい、俺は心底コイツが嫌いになった。しかしまぁ、村の宝とまで言われると、どうにもぞんざいには扱えない。それに”メアの手伝い”ならば喜んで引き受けよう。何だったら、お前よりも存分に働いてやろう。
我ながら、俺は扱いやすいんだろうなぁと思った。メアにからかわれ、ガキに舐められ……まぁしばらくはそれで良いか。この村の人々の穏やかな笑顔を見ていると、ふとそんな気が起きたのだった。
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