第2章
第2章 01 日誌
船乗りの間には、こんな話があるらしい。
”我々は遂に”憧れの海”への着水に成功した。しかし、全て偽りだった。船体が狂った。天地もすっかり逆さまだ。我々の船は、真っ逆さまのままに、眼下の大地へ墜落した。”
何の話だろう。
この話は、”
全ての内容が誇張紛いで現実味が薄く、あまり面白いとは感じなかった。いくら読んでも、誰かの黒歴史ノートを覗いている様な感覚になっただけだ。
しかしながら、船が墜落だなんて、どういう事だ? 船は海を進む。墜落とは無縁だろう。が、しかし、”
さて、俺がどうしてこんな話を思い出したのか……理由は簡単だ。
「……はぁ……はぁ……。あれ? お、俺、生きてる? 俺、い、生きてたぁ~……」
ついさっき俺は、船の墜落に巻き込まれた。要はあの日誌の内容と、全く同じ状況に陥ったのだ。
船が着水したのと同時に、突如として船下の海が消え失せ、そのまま墜落……。俺は船外へ投げ飛ばされた。
正直死んだ、と思った。しかし生きてた。故にこの安堵っぷりという訳だ。本当に良かった。
「一体、何だったんだ……? つーかココ何処だ?」
俺が放り出されたのは海底大陸ではない。辺りは一面大森林。南米辺りの、いわゆるジャングルの様な景色。
周辺の木には蔓(つる)が絡まり、その根元には落ち葉が敷き詰められている。
何処も隈なく泥濘(ぬかるみ)で、ジメジメした地面が容易に足取りを捕らえてくるのだ。俺はそんな地面に尻もちをつき、あろうことか先程まで横たわっていたのだ。下着まで、しっかり泥まみれ……。
「着替え……なんて無いしなぁ」
幸いゲーム機は持っていた。これまでなかったら、本当に俺は終わりだった……。とはいえ、何も役立つ物は入っていない。着替えはおろか、食い物さえも……。食糧庫から幾つかくすねておけば良かった……。
「おーい! 誰か居ねぇかー!? おーい!」
誰も居ないか。独りぼっちだ。いつもの事か。最悪だ。
虚しくなって喉が詰まる。もう大声は出せそうにない。そもそもこんなジャングルで、大声なんて出していたら、獣に見つかり襲われてしまうだろう……。
どちらにせよ、もう大声出しての捜索は打ち止めだ。
墜落し始めた時、俺は甲板に居た……他に人は居なかったと思う……。たぶん他の皆は投げ出されてないな……なら船を探すのが良い? そもそも何で俺は甲板に出たんだ……? そんなあぶねぇ事しなけりゃあ、こんな状況にはなってねぇじゃん……。
「そうだ、俺
何から逃げてたんだっけか? 記憶が朧気で思い出せない……。何か、恐ろしいものを見た気がするが……。
ともかく今はただ生きるのみだな。ともかく食材を探そう。その辺に、いくらでも果実やキノコが群生している。
それに、それらが食えるか否か、見分ける事なんて俺にとっては簡単だった。
「ほうほう……案外食えるモンって実ってんだな……良かった……」
俺には植物云々の知識は無い。これじゃあ毒云々、栄養云々判別できず、食材集めに支障が出る。本来なら。
しかし対処は簡単。
目ぼしい食物を集めてきて、一回ゲーム機に収納し、説明欄を見ればいいのだ。どういう訳か、事細かに食用かどうかを表示してくれるのだ。一体このゲーム機は何なんだ? 便利すぎるぞ。誰が作ったんだ。
……さて心配したいのは害獣問題だけになった。この森には、一体どんな魔獣が生息しているのだろう……。虎や熊……もしかしたら、それ以上のとんでもない怪物が……。それこそ”フロップリズム”とか……。
胃が痛くなって来た……悪い予想は止めにしようよ……。
それにだ! 例え獣が出て来ても、食い殺される前にゲーム機ん中に入れてしまえば良い! ナイスアイデア! もう獣も怖くねぇって訳だ!
「と、言ってもな……」
船を探し歩き続け、もうかれこれどのくらい時間が経ったんだろうか。辺りが忽ち薄暗くなってきた。いや、暗さはまぁゲーム機の光があるからまだマシなんだが……この泥濘だと、腰下ろして休めねぇんだよ……。
早く森から抜け出したい。何か道案内の立札くらい、置いておいてくれないだろうか……。
どうやら、まだ懸念すべき課題が残っていたらしい。孤独問題と体力問題、おまけに睡眠問題、迷子問題……。
「だぁもう……! さっきもココ通ったぞ……」
こんなジャングル、地図があったって迷うだろうな。いやしかし、“紙”のじゃなくて、スマホの付属機能みたいなのだったら役立つだろう。自分の位置情報に合わせて表示範囲が動いてくれる様な……そんな便利な地図が……あれば……。
「地図か……”マップ”あるじゃん……」
脳に電気が走った。慌ててゲーム機を操作する。あぁ”マップ様”、今まで侮(あなど)っていた事を反省します。言い過ぎだろうか。いやそんな事ない。
なにせ表示したマップ上に、”集落”という文字があるのだ。一先ずココを目指そう。
なるほどこの機能、整備された町なら不要だが、未開の地ならば一番助かる。
「あ」
と、思ったが……前言撤回しよう。マップが、急に真っ青になりやがった……。
「お、おいおい……またバグか? おーい……!」
その頃にはすっかり辺りも暗くなって……もうゲーム機の明かりなんかじゃ太刀打ち出来ないくらいに暗闇は深くなってしまった。
どちらにせよ、もう歩き回るのは止めた方が良いか……体力的にも、時間帯的にも……。
「ちょっと冷えるな……ふぅ」
ジャングルってのは熱帯だ。なのに、どうしてこんなに寒い……? 確かに地面がビショビショで、その分気温が下がってるのかも知れないが……そういえば、ココを歩いていて蒸し暑いとは感じなかったな……。
「な、なんか布とか……あったけぇもん……」
ゲーム機が多少熱を持っているが……だから何だ。まともな物は無い。
やばい……おまけに眠くなってきやがった……。このままじゃ不味いな。せめて少し、その辺を歩いてみよう。地図の読み間違い、ないし記憶違いじゃなければ、近くに集落もあるらしいし……。
「あ。雨……雨か」
雨である。雨が降ってきやがった……小雨程度で、折り畳み傘はあえて差さないくらいの雨量だが……これ以上身体を冷やすのは不味い。
「ど、どっか雨宿りできる場所とか……ねぇか」
木は多いが、どうにも葉っぱ同士の隙間が多い。小雨の内は良いだろうけど……本降りになったらいよいよ不味いだろうなぁ……。
「くっそ……地図さえマトモならよぉ…………わ」
そんな事を言っていると、とうとう雨が強まる。勘弁してくれ。一先ずはそこの木の陰にでも隠れて……。
「ーこーごーー?」
「え?」
激しくなる雨音。その音の隙間を縫うように、聞き取りにくい声が聞こえて来た。知らない言語だ。まさか先住民か? 野蛮な方々で無い事を祈る……。
「む」
「わ」
俺は、野蛮でないでくれ。そんなくだらない祈りをした。しかし次の瞬間、その祈りは簡単に払い除(の)けられたのだ。
目の前に突如現れたのは、紛れもない“鬼”だった。白髪長髪の大柄な男だ。筋肉質で、発達した角と牙が目を引いてくる。瞬時、何かの冗談かとすら思えた。
「ーでごーる?」
何故だろう。俺は動けなかった。本来ならば、急いで逃げるべきだろうに……。
目の前の鬼の、一挙手一投足を、ただ、見つめる事しかできない。世界が、何故だかゆっくり動いている様な、そんな気すらしてくる。
「はぁ……はぁ……」
思考がまとまらず、俺は尚も鬼を見つめる。
すると鬼の手がコチラに伸びてくる。やばい。
とその時、鬼が徐(おもむろ)に空を見上げた。まだ雨が降り続け、空は真っ暗なままだ。何を、見つめているのだろう。
いやしかし、そんな事はどうでもいい。コイツは今、目を逸らしている。今がチャンスだ。そう思考した瞬間、僅かに体の強張りが解かれた気がする。
「はぁ……ふぅ。いまだ……」
後ろ方向へ足を出す。その時だった。
思わず身を低くする程の強烈なスコールが始まった。
雨粒が身体に打ち付けられる度、バチバチと痛烈な音が鳴る。視界も、瞬く間に霞がかかっていく。
「うわぁっ!」
この雨、目に染みやがる……。まるで塩水みたいだ。体温も一気に下がって……。
しかしともかく、今のこの状況は最高だ。視界が雨で妨げられて、あの鬼も、俺を見失った筈。
「ゴホッ……ゴホッ……」
ていうか、早くココ離れないと……溺れてしまいそうだ。
さてその頃には、周囲が少しばかり明るくなってきていた。夜が、明けたのか? これなら捜索も出来そうか? ともかくスコールなんてのは長く続かない。このままでは鬼に再び見つかってしまう。
どちらにせよ、急いでここから離れよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます