第1章 21 ハコブネ

「がっはっは! ワシ、生きてた! がっはっは!」

「はっはっは。本当にご無事で良かったです。はっはっは」


 あれから数日。ダルマンは奇跡の復活を遂げた。本当に奇跡だったと思う。医師によれば、彼の傷口には膿が蔓延り、出血量もデッドライン……おまけに、俺たちの留守中には三度目の襲撃も受けたらしい。しぶとい人だ。良い事だけども。


 一方のシュタイリンは、主を失った”旧王都”の美化活動に勤め、また終日には南の町に戻っては憲兵長としてダルマンの警護アンド、町のパトロールを行っているらしい。ある意味引っ張りだこで、最近顔を合わせない。別に寂しくはない。


「おーい!! サエネー!!」

「う、うるせぇよ……何?」


 そんでネロはすっかり元気になった。常人のうん十倍の飯を食わせた。するとどうだ、この通りである。まぁこのテンションの上がりようは、何も飯にあり付けたから、というだけではない。彼は、何とも”羨ましい物”を授かっていた。


「見てみてー! ”剣”だよ! ”剣”! 船長さんから貰ったのー!」

「おぉ良かったな……そうか剣か」


 ネロの”アマツモ”は剣だった。流石は生前に英雄と呼ばれた男。格が違う。俺なんてゲーム機だぞ?

 俺って奴は本当に何処までも際限なく陰キャだ。相対的にも実質的にも……。まぁゲーム機は便利だから良いけどさ。


「なぁところでさ、メア何処に居るか知らね?」

「メアさん?? 分かんなーい」


「……そっか」


 城から戻って以来、彼女とは会話を交わしていない。顔もろくに合わせていない。何となく気まずくて、俺は接触を避けたのだ。俺は陰キャだからな。

 おまけに、あの時の言動は一体何だったのだろう、と考え込んでしまってもいた。経験薄の俺が、いくら考えたとしても、自分に都合の良い解釈に落ち着いてしまう。そうなると、何だか顔を合わせずらい。俺の気持ちが変に汲み取られてしまいそうで……。これは良くない。


 そもそも恐らく、彼女も俺を避けている気がする。互いに相手を避けようと思ってなかったら、否が応でも会ってしまう事になる筈だ……。

 俺からは、会わなくていいか……。どのみち船に集合する時は来る。



「『神帝コイン』は、巡り巡って使用者の下に返って来る……か。大嘘だな。痺れ切らして俺から迎えに来てやったぞ」


 出発日当日の早朝。この町ともとうとうお別れかと思い、静けさと涼しさが漂う町を闊歩した。特に目的地は無い。船長には、正午までには帰って来てと言われた。

 その道中、ダルマン邸の門前で、見覚えのあるコインを見つけた。例の『神帝コイン』だ。そういえば、初めてこのコインを使ったのはココだったな。何となく久しい。良い思い出話ではないが……。


 しかし『神帝コイン』が戻って来たので幾分か安心感は強まった。それは、良かった。一人歩きも無駄ではない。その時だった。


「おや? これはこれは冴根殿。如何した?」

「あ、ダルマン……氏」

「がはは。無理するな。ワシも堅苦しいのは苦手だ」

「そ、そうすか……」


「して、何か御用かな?」

「……いえ、ただの散歩中で……」

「おぉそうか。どうだ? この町の明け方は、心地よいだろう?」

「はい。とても」

「がっはっは! そうかそうか! 主とは気が合うなぁ!」


「ははは…………あ、そうだ」


 そうだ、彼には、一つ聞きたい事があった。の事だ。


「あの……ダルマンさん……その、メアって」

「む? メアちゃんがどうかしたかな?」

「あ、えっと、ど、どんな子なんですかねぇ?」


「ほぉ……彼女に関しては、君の方が詳しいと思っておったが?」

「は、ははは……そんなそんな。俺は、彼女をお持ち帰りとか出来ませんし……」

「おもちかえり?」

「あ、あぁその……よ、夜の営みに、さ、誘うみたいな」


「がっはっは! そうか、見られておったか! がっはっは!」

「えぇ」

「其方は何か勘違いしておるぞぉ。あれは我が家で飲み直そうと誘っただけ」

「そ、そうなんすか……? そうなのか……?」


 騙されている気もするが、まぁそうという事にしておこう……。


「それに、ワシは単なる女好き。憧れる様なモンではない」

「そ、そう言いますけど……」

「お前さんは、相手を敬い過ぎとる。その上プライドが溢れちょる。女を堕としたいなら、正真正銘の下種になるか、お相手の奴隷になるか選ばんとな」


「下種か奴隷……」

「ワシの教えなどその程度。其方には、どちらも似合わんと思うがな」


「……そ、そうですかね……うん、俺もそんな気がします」


「がはは。此度の渡航が、良きものとなる様、我ら一同願っておるぞ。少年」


 その頃には日が昇っていた。もう、帰らないと。



「え、えぇ?! こ、こんなに沢山……良いのか?」

「おぉもちろん! 其方らはこの町の、ひいてはこの島の救世主! たんと食べてくれ!!」


 出発準備に取り掛かる丁度その時、神輿の様な車椅子に乗ったダルマンが、子分に担がれ港までやって来た。沢山の食糧を引っ提げている。これ以上の見送りがあるだろうか。何だか嬉しいもんだな。


「恩に着ます。良い世を、共に創って参りましょう」

「おぉ、フレア殿。改めて此度は、本当に世話になりましたな。がっはっは! 良い世か……我らならば達成出来ましょうぞ。がっはっは!」



「バイバーイ!! またねー!!」


 船の周りには、港湾管理者の皆さんのみならず、町民の殆どが集まってきていた。ダルマンが集めてくれたのだろう。見送りは盛大だ。さてシュタイリンは……見当たらない。まぁ忙しいんだろうから仕方ないか。またいつか、きっと会えるだろう……。


「出航ー!!」


 船長の声が響く。そして遂に、巨大な船が、これまた巨大な波を起こし動き始めた。港から、どんどん距離が生まれていく。


「バーイーバーイー!!」


 ネロと船長、俺、そしてメアは、彼らがすっかり見えなくなるまで手を振った。



 ……考えすぎかも、知れないが、メアの横顔は、何だかひと際寂しそうに見えた。本当に俺は何処までも負け犬体質らしい。情けない。



「よし。もう船内に入ろう」

「はーい!」

「はい!」

「うっす……」


 その時、妙な揺れを感じた。何だろう。皆に尋ねようとしたが、船長はとうに船内に向かって行ってしまった。

 また後で良いか。そう思ったがしかし、緊急事態であったなら素早く報告するべきだ。どうするか。彼女らは、揺れを感じなかったのだろうか……?


「あ、あの~!」


 情けない声で呼んだ。その時、船が大きく揺れた。思わず態勢を崩す。


「冴根くん? こっちに早く来るんだ」

「え、え?? なんすか? やっぱ揺れてますよね?! 何が起きてんすか? これって……」


「今から”飛ぶ”んだよ」


「と、飛ぶ?」


 船長は、そんな絵空事を言う。そう。絵空事だと思った……。


「”離海”するぞ! 冴根、せめて姿勢を低くしろ!」


「は? はぁ?? ま、マジで…………と、飛んだ??」


 巨大船が海から離れた。大きな波紋が、眼下の海に広がる。何なんだ? この船は……。




『ハコブネ』

 空飛ぶ木造船。

 乗組員の構成は、基本的に『神』から授かる情報を基にして、船長が采配し決定されている。他の者は特別な許可が無い限り乗り込む事は出来ない。

 空中に存在する時に限り、乗組員以外が『ハコブネ』を認識することは出来なくなる。

 また空中浮遊している際には、時空の裂け目を生み出す事が可能で、そこから別の世界線、いわゆる『異世界』へと渡航する事が出来る。

 『ハコブネ』は全て、手作業で造船された物である。




「この船は『ハコブネ』と言う。空を飛び、時空を超え、我々をフロップリズムの居場所へ導く木造船だ」

「フロップリズムって沢山いるんすか? この前の奴らだけじゃなくて?」

「異世界中に居るよ。それは最早、無数と言ってもいい」



「堅苦しい話はココまで……ところで冴根くん。君、何か私に隠しているね?」

「え?」

「悪い事は言わない。早く返した方が良い」

「な、何の事っすか? え?」

「”英雄室”から、連れ出した子がいるだろ?」


「あ」



 船長は、どうやら船の見回りをした際に、英雄室の人数が減っている事に気付いたらしい。見つけられたのが、翠蓮やメアでなくて良かった。もしかしたら、第一発見者を船長が上手く誤魔化してくれたのかもしれないけども……。


<具現化コマンド実行 『==---』を具現化します>


 名称が分からなかった。何かのバグか? それともまだ目覚めていないからか? 一先ずここにもう用は無い。早く男部屋に戻ろう。



「ー-」



「……え?」


 その時、背後から声がした。不明な言語だった。俺は咄嗟に振り返る。


「ー-ー、ー--ー?」


「あ……」


 背後のベッドで、英雄の一人が半身を起こし目覚めていた。彼はただ口角を吊り上げ、茫然とする俺と目を合わせ続ける。

 容貌は、角と牙が特徴的な、まさに”鬼”のような大男であった。

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