第1章 20 任務・急
張り詰めた空気の中、まず始めに動いたのはシュタイリンだ。剣の先を低く構え、間合いを取る様な足取りを見せた。
そして、一気に斬りかかる。
「おぉぉ??」
”両腕の無い方の怪物”は、意表を突かれた様で、反応すら出来ないまま腹部を裂かれた。青紫の血飛沫が、床に勢いよく飛び散った。聴くに堪えない呻き声をあげる。
しかしなれど、両腕を失っても死ななかった怪物は、あの程度では無論無問題であろう。
「てんめぇ何者だべぇ? むかつくどぉ!」
背中の触手が、シュタイリンの足に飛びついた。本来ならば、足元への対応は遅れ、優に捕らえられてしまう事だろう。まずい。
しかしシュタイリンの剣は、相変らず低く構えられていた。その刀身は地面を這う様に一振りされる。
「ぎやぁっ!」
「ふー……」
次に触手は、彼の首に仕向けられる。低く構えられた剣を見て、やり口を変えてきた。シュタイリンの対応は、先ほど同様にスムーズに、とはいかなかった。触手が顔のスレスレを掠め、シュタイリンは後方へ大きく仰け反った。
「小癪な……」
態勢を崩しながらも、シュタイリンは剣を短く持ち替え、追撃してくる触手へ応戦した。二度、三度、剣と触手が打ち合い、その度に青紫の血飛沫が上がった。
「ぐぐぐぅ……いでぇ……ぐそぉ……」
触手は、元の長さの三割程になった。もう、反撃の様子は無い。
シュタイリンは、最後だ、と言わんばかりに剣を大きく振り上げ、首元に目掛けて振り下ろした。怪物の首は容易く切断され、ゴンと鈍くも軽い音と共に、生首が床へ落下する。
ついにトドメか。俺は彼らの攻防に、ただただ釘付けになった。
「冴根、もう少し離れてろ」
「え」
さて後方の怪物は、その頃ようやく、慌てて進撃を開始した。大剣のヒビが奴を躊躇させていたのだろうが、同胞が目の前でやられた以上、もう攻め込んでくるしかない。
いやはやしかし、鋼鉄に包まれた巨漢が、無鉄砲に突撃してくるだけでも余程迫力はある。
「あ、あんなの斬れんのか……??」
「あぁ」
翠蓮は、刀をゆっくり構えた。そして、何やらボソボソと念仏を唱え始めた。死に際に神頼みでも始めたか。そんな事を思っていると、翠蓮の姿が一瞬にして見えなくなった。
「あ」
目で捉えた頃には、翠蓮は”鋼鉄の怪物”の首元に到達していた。飛びついたのか?? あまりにも速い。あのまま首を、一太刀で斬り伏せるつもりなのだろうか。
……違う。一太刀ではなかった。翠蓮が首元に到達した時には既に、目の前の怪物の両腕が切断され、宙に浮いていた。一瞬で両腕を落としたのだ。あまりにも速い。
「え……腕……」
その事を理解した時には、もう翠蓮が刀を振り下ろした後だった。怪物の首元に、振り下ろした物が高速で直撃する。その時、”鐘のような音”が響いた。峰打ちにしたのだろうか、首は切断されなかった。しかしとはいえ、怪物は前のめりに倒れ込み、それ以降ピクリとも動かなくなった。
「……すげぇな」
俺はすっかり呆気に取られてしまった。もはや負ける気はしない。
「玉座に居たのはこの二人だけだったし……てことは、もう強いの全部倒したか?」
「まだ一体居る筈だ」
「な、なんで知ってんだよ」
「調べたからだ……見え透いた事を聞くな」
調べた……? ……あぁそういえば、翠蓮は別任務やってたんだとか言ってたな。そん時にか?
「ふふふ。どうせルドルギーの傍にでも居るんだろうさ」
「……ならばむしろ手っ取り早い。すぐにでも向かうぞ」
「玉座は少し遠いんだよねぇ。さぁついて来たまえ! 完璧なガイドをしようじゃないか!」
そうして、玉座を目指しひた走る。道中には、当然大量の兵士が居たが、これまた当然の如く、彼らはバタバタとなぎ倒された。
「玉座はこの廊下の奥、あの扉の先さ。しかし恐らく施錠が……」
「冴根、任せる」
「おう」
「……あぁなるほどねぇ」
鋼鉄の扉に触れ、ただ〇ボタンを押すだけ。俺にとっては容易い仕事だが……まぁ役に立ててるんなら良かった。
「むむむ?? な、何じゃ? 何故扉が消え失せた?!」
部屋に入るなり、ルドルギーは余程狼狽えた。当然だ。何もかも想定外だろう。
対照的にシュタイリンは落ち着いていた。その視線は、ルドルギーただ一点を見つめている。
「奴か」
「あぁそうさ」
「よっしゃ行こうぜ」
「待て冴根。最後の”フロップリズム”は何処だ??」
「え? あん中に居ねぇの? 兵士ならめっちゃ居るぜ?」
「兵士はな……しかしあの中には居ない」
「よく分かるな」
「”フロップリズム”はまさに怪物という容貌だ……一目で分かる……」
なるほど。さっきまでの奴らと似た外見なのか……それなら、まぁ確かに見当たらないな。護衛に当っているという、例の見当が外れたか……?
「ほ……ほっほっほ! よく見てみれば……其方ら、先ほどの者達ではないか! 何の用かのぉ?」
「……ふん。踏ん反り返っていられるのも今日までだルドルギー。その首頂く」
シュタイリンは力強く踏み込みを入れ、ルドルギーの玉座へ一気に斬りかかった。兵士は何十人も居たが、その頭頂部を踏み越えて、それはそれは軽快に走り抜けていく。
もう決着がつくか……そう、思った時だった。
「コレ! カーンよ! この羽虫を叩き潰せ!」
ルドルギーがそんな事を言った。
何のことか、瞬時に分からなかった。
「最後のは……あれか」
「え? 何が?」
「冴根。奥の石壁を見てみろ」
そう言って翠蓮は腰の刀に手をかけた。さて、”壁”とは何の事だ?
「あ」
翠蓮に言われたとおりに、俺は壁を凝視した。玉座のすぐ後ろの、巨大な壁だ。石で作られた強固な壁……。その壁が、まるでカーテンのように波打ち始めた。なんだ?
「あれは、生物だ」
「は?」
翠蓮の言った事は、恐らく正しい。壁からは巨大な頭部が出現し、また左右の壁からは腕が生えてきた。何だなんだ? この玉座自体が、その”フロップなんたら”だとでも言うのか??
「シュタイリン! あぶねぇぞ!」
「ほっほっほ! カーンよ! 兵士ごとで構わん! 叩き潰せ!」
両サイドの手は見かけ以上に速い。瞬く間に振り下ろされ、シュタイリンまで一瞬で到達した。
「な、ナイス! ナイス翠蓮!」
「はぁ……はぁ……い、生きている??」
間一髪だった。翠蓮がその両腕とシュタイリンの間に割って入り、刀一本で弾き返して見せた。
「は、ははは……助けられたのは、これで二回目だな……」
「とっとと走れ。こっちは、私がやる」
「マジナイスだぞ翠蓮!」
「騒ぐな。まったく…………おい! 冴根! 避けろ!」
「え」
翠蓮は、周りで腰を抜かした兵士を押しのけ、わざわざ俺の方へ駆けだした。どうしたんだろう? 敵は真横と、あと真正面だぞ? だいたい俺の方に来たら、怪物が俺を狙ってきちまうだろ。幸いまだ狙われてないのによぉ……。
え? もしかしてそうゆう事か?
「冴根! 後ろだ!」
翠蓮の、そんな声が聞こえた瞬間、背後から物凄い衝撃を感じた。それはもう、身体弾け飛ぶような、痛烈な衝撃だ。全身の臓器の感覚を一瞬忘れ、全身が沸騰する様な熱さを感じる。
背後から、”壁の怪物”の奇襲を受けた。恐らく殴り飛ばされたのだろう。
あぁ痛い。しかし即死ではない。これだけ思考する時間が与えられたのだ。それは……良かった。
俺は自分の胸に触れ、そして〇ボタンを押した。
俺は、虹色の空間に居た。ただボケっと座っている。ココは何処だ? 気温的に余程過ごしやすい環境だが……まさかあの世か? 俺は、また死んだのか?
収納……やっぱ間に合わなかったか……。殴られてる最中で自分をゲーム機の中に入れれば、すんでのところで助かると思ったんだが……。
「ん? お前、誰?」
「イヤ~。アブナカッタデスネ」
何やらふざけたナリの奴がやって来た。きのこヘッドの、胡散臭そうな奴だ。甲高い声をしている。まるで声変わり前みたいだ。不快な周波数……。
それにコイツ、まるで実体を持っていないかのような容貌だ。と言うのも、何だかホログラムの様に、はたまたプロジェクションマッピングの立体版のように、ゆらゆらと無造作に揺れている。
「僕ノ名前ワ”
「……きのこみてぇだな。お前」
「グフフグフ。ヨク言ワレルヨ。グフ」
何をニヨニヨとしてるのか……。こっちは死んだんだぞ…………いや、本当に死んだのか? よく考えれば、〇ボタンは押し切った記憶がある。
「……な、なぁ、ココ何処だ? 俺、ゲーム機ん中に入れたか?」
「エェ、間一髪ネ。モウ少シデ吹キ飛バサレテ、ソノママダッタラ、死ンジャッテタヨォ?」
「そっか……良かった。生きてるんだな」
「エェ。デモ貴方、ドウヤッテ帰ル気ナンデスカ?」
「え? あぁ、そりゃあ、現実世界の翠蓮が具現化してくれれば……」
「無理デスヨ。彼女、ゲーム機ノ使イ方知ランデショ?」
「あ、そうか……」
「ンモォ~、ヤッパリ考エナシダッタノデスネェ? ジャア今回ダケワ特別! ぼくちんガ戻シテアゲマショウ」
「い、いいのか?! 良かった~」
「サービスヨ」
「あざーす」
「バイバイジャアネ。
「おう……って、一周? 何のことだ?」
「冴根! おい冴根! 目を覚ませ!」
「……ん? あれ? 翠蓮? あれ?」
「よし無事か……ん? どうした? 体が痛むか?」
「いや、違う違う! ゲーム機ん中で変な奴と会ったんだよ……ていうか、ゲーム機の中ってあんな感じなんだな。虹色の水ん中みたいな」
「そう、なのか……? 私には、”アマツモ”の中に居た記憶は無いが……」
「あれ? そうなの? 具現化されたら忘れる仕様なのか?」
それとも使用者だけ特別に記憶が残るのか?
「あ! というか、さっきの怪物は? ルドルギーは?? 倒せたのか??」
「……あぁ、全て片付いた。あの通りだ」
玉座には、シュタイリンが立ち尽くしていた。携えた剣からは、ポタポタと血が滴っている。その足元には、ジタバタとするルドルギーが横たわっていた。両足首を斬り落とされた様で、もう、きっと動けないだろう。
「そ、そうだ! アイテムに拘束具があるんだよ。それでアイツを縛り上げよう!」
「お前に付けられていた物か……名案だ。早く出してくれ」
「おっけーおっけー……ちょっと待ってろよ……ほら、拘束具、と、あと手錠な」
「……助かる。これで全任務完遂だ」
その時、翠蓮はようやく肩の荷を下ろした様な表情になったのだった。
それから程なくして帰路につく。乗って来た車はガソリン切れ。俺たちは夜が更けてくる前に、急いで森を走って行った。追手は、何時まで経っても来なかった。
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