第1章 19 任務・破
「メア! ネロ!」
「え……さ、冴根さん……?」
一番奥の牢屋に彼女たちが居た。各々部屋の隅に蹲(うずくま)っている。
特に目立った外傷は無いように見える……にしろ、精神的疲弊は容易に計り知れる。決して”無事だね、良かったね”という結論にはならない。
あの日の夜……俺は迎えに行けなかった。二人は、どれほど裏切られた気持ちになったか。
「ごめんなメア、ネロ……遅くなって。今助けるから……」
牢屋は頑丈な檻で仕切られている。おまけに、メアやネロには厳(いか)つい手錠が付いている。こんな物、力づくでは、とても外せないだろう。しかし俺には関係ないのだ。素晴らしい物をズボンのポケットに忍ばせてある。
「あ……」
しまった。自分の拘束を解いてなかった……。しかし、ポケットにさえ手が届けば……届けばぁ……。
「何をしているのだね……」
「いや、ちょっと……ポケットの中に”板”が……なぁ取ってくんね?」
「……私に命令をするな。ほれ、これか?」
「あぁ、ありがとな」
手渡された”それ”を右手で持ち、また左手で自分の拘束具に触れる。そして〇ボタンを押すのだ。いつも通りの慣れた所作である。
当然拘束具は収納された。次に手錠。その次に荒縄、そして足枷の順だ。
「じゃあこの鉄格子と……後お前らの手錠も回収すっからな……待ってろよ……」
その頃になると、ようやくメアの表情は緩んだ。あくまでそんな気がするだけだが……彼女らの牢獄生活は一週間を優に上回っている訳だし、希望よりも疲弊が勝るのはいざ仕方なしである。
「よし、二人とも全部取れたな……」
俺は、もうそれはそれは紳士的に、かつ業務的に手枷足枷を外していった。例えメアが、際どい服を嫌々着せられているという状況下であっても、それはそれは紳士的に……。
メアは、自分の手を開いたり閉じたりして、今この瞬間に取り戻した自由を、何ともぼんやり確認し続けている。その瞳は虚ろに見えるが、大丈夫だろうか。
「メア?」
その時、俺は血迷ったか無意識に、メアの身体を支えようと手を伸ばした。
「おい! コイツどうした!?」
「完全にのびてるぞ……襲撃か??」
しかし俺の行動をかき消す様に、地下牢の入り口方向から怒号の様な声がした。さっきとは別の兵士が来てしまったのか……。足音から察するに、想定していた増援よりも多そうだ……。
「き、貴様ら! 何をしている!?」
「檻が無いだと?? 一体どうゆう事だ……?」
「お、おいおい君たち! 一度その長槍を下ろしたまえ! 我々は何もする気は……!」
「命乞いも甚だしい! 今ここで皆殺しに……」
「シュタイリン! 下がってろ!」
「き、貴様、サエネ……! その言葉だけは許せ……」
「
「…………御意」
<具現化コマンド実行 『翠蓮』を具現化します>
「頼んだ!!」
「…………あぁ」
長槍六本。剣が十本。それらを構えた警備達からどよめきが起こる。そりゃそうだろう。人が急に出現したのだから。
いやはやそれにしても……どいつもこいつも屈強なガタイをしている。おまけに敵は多勢で、コチラが無勢。
シュタイリンに戦う気が無いのであれば、一対十六となる訳だが……。翠蓮は如何様に戦うのか……流石に俺も加勢するべきだろうか。いや、そんな力量は無い。
「何だこの餓鬼……何処から湧いて出た??」
「か、構うな! 一斉にかかれ!!」
「あ! 翠蓮!」
俺がそんな間抜けな声を上げた瞬間だった。
翠蓮が、眼前の屈強な男達に突撃した。急な事で、一瞬目で追えなかった。そのくらい疾い。
しかしながら、彼らも流石の反射神経で、懐に入り込んで来た翠蓮に対し、四方八方から槍やら剣やらを振り下ろす。
斬られた。そう思ったが、血飛沫はおろか、悲痛な声すら上がらない。
「え……? あ、あれ?」
あらゆる方向からの太刀筋を、翠蓮は刀身のみで受け流したのだ。少なくとも、俺にはそう見えた。翠蓮を取り囲む者達も驚きを隠せていない。
しかしながら、追撃の手は休まらない。次なる刃が翠蓮へ仕向けられた。
しかし、その刃が翠蓮の身に到達する事はなかった。
何が、起きたんだ……?
「ば、馬鹿な……! 剣が……俺たちの剣が炭になっちまった……」
「な、何が起きたんだ?! まさか“イクシィド・ガーディアン”と同様の怪物が……!」
「我々は貴様らに危害を加えん。直ちに立ち去れ」
「く、くそ……! “彼ら”を呼ぶぞ……コイツも怪物だ……!」
「逃がして良かったのか……?」
「どのみち私達は、”フロップリズム”以外の者には危害を加えられん」
「ふろっぷ……?」
な、何の話だ? ”危害を加えられない”か……確かに先ほどの彼らは、直接的な攻撃をされてなかったが……彼らは”フロップなんたら”ではないって事か?
ともかく翠蓮に聞けば良いか。そう思った時、俺を遮るようにしてシュタイリンが言葉を発した。声色は明るい。
「す、素晴らしい剣技であった……今の刀身破壊は一体どのような……」
「……貴様に教える義理は無い。それより冴根、早くしろ。まもなく厄介なのが来る」
「お、おう……よし、メア、ネロ、ちょっと、このゲーム機ん中に入っててくれねぇか? これからちょっと移動するからさ」
「え……?」
メアは、キョトンとした表情だ。当然だろう。しかし説明している暇もない。無理にでも入ってくれないと困る。
俺は例のごとく彼女に触れて○ボタンを……。
「触れて……ボタンを……」
思わず、ぎこちない手つきになる。そうする事で、余計に気持ち悪くなるというのに、俺はいつもこうだ。
「さ、冴根さん!」
「あぇ? ど、どどどどうした? ん?? お、俺は疚しい事なんて、な~んにも考えてない……」
「…………良いですよ。疚しい事考えても」
「え?」
な、なにを言ってんだ……こんな時にからかって……そう思った拍子に、メアが俺に抱き着いて来た。
俺は慌てた。情けなく取り乱した。このままでは不味いと脳が警鐘を鳴らし始める。勿体ない……なんて事も思ったが、俺はメアの言い分も聞かずに〇ボタンを連打した。
「ふぅ……」
「おい、早くネロも入れろ」
「あ……うん」
さて、ネロは……。
「お」
ネロがコチラを見ている。これには驚いた。牢屋に入ったきり、食事睡眠どころか、会話も返事もしてくれなかったのに……。
「おい。早くしろ。そいつは何を仕出かすか分からん」
「あ、お、おう……ネロも入ってくれるな? ね?」
ネロは、口を少しだけムッと、への字に曲げた。不服らしい。しかしまぁ知った事か。確かにネロは自分で動き回る方が好きそうだが、今ばかりは我慢して欲しい。
ネロの頭頂部にそっと手を乗せ、〇ボタンを押す。その時、ネロは無意識にか、大人しく頭を差し出して来た。甘えてくる犬の様だ。案外扱いやすい奴なのかも知れない。
「次は“イクシィド・ガーディアン”及び、ルドルギーの討伐だ」
「あ、あぁ……」
「おい、待ってくれたまえ」
「……何だ?」
「き、君は、何故私に”本当の作戦”を伝えなかったのだね?」
「は?」
「私は、君が付いて来ている事も、これからルドルギーを討伐する事も知らなかった……!」
「冴根。お前喋ったのか?」
「ち、違う違う! コイツが勝手に感づいて……」
「私を侮ったようだな! ははははは!」
「……貴様の事を、一体誰が信用する?」
「な」
「一度の情報漏洩が命取り。貴様の様な愚者は、騙され、何も知らず良いように扱われるのが似合っている。貴様は、この世界には本来必要ない」
「あ……な、なにを……」
翠蓮はスタスタと地下牢入り口を目指して行った。俺はその後を追う。シュタイリンもだ。しかしその足取りは、何やらぼーっとして生気が無い。
「な、なぁ翠蓮……言い過ぎたってば」
「知った事か。だいたい奴は…………待て、止まれ」
「ん?」
階段を上り切らないくらいの所で、翠蓮がピタリと足を止める。何か、気配を感じたのだろうか。俺には何も分からない。もしや、また増援が?
「思ったより早かったが……好都合だ」
翠蓮が、勢いよく階段を駆け上がった。俺もその後に続く。何が待ち受けていようとも、彼女の近くに居た方が安全な気がする……。シュタイリンも同意見か、さらに俺の後に続いた。
「おめぇらぁ、そこで何してるんだべ??」
「あ、あん時の……」
出会ったあの日は暗がりだったので、その異形っぷりをまともに認識したのは今日が初めて……。なんとも気持ちが悪く、嫌悪がこみ上げる。遺伝子レベルで苦手な感じがする。
しかしながらそんな怪物も、今は両腕を失っている。流石に翠蓮の敵ではないだろう。
「冴根よ。あれが”フロップリズム”だ」
「ふ、ふろっぷ? だから、さっきから何の事だよ?? アイツって”イクシィドなんとか”じゃねぇのか?」
「それは組織名だ。”フロップリズム”とは、いわば奴ら怪物の、種族名の様なモノか。その名前を、よく覚えておけ」
「わ、わかった……って今する話じゃねぇよ! 早く倒しちまってくれ!」
「あぁ今すぐにでも…………」
「え? ど、どうした?」
「二体目か……」
「え」
翠蓮は、おもむろに背後へ視線を移した。俺もつられてそっちを見やる。
背後にもまた、あまりにもの巨漢が、仁王立ちでこちらの様子を窺っていた。鋼鉄の鎧を身に纏い、見た目は超合金の兵隊人形の様。刀身二メートルはありそうな大剣を携えている。言葉は何も発さない。
「”フロップリズム”が二体か」
「ど、どうすんだよ……」
俺は戦えない。ネロを出すか……とも思ったが、断食同然のアイツが、まともに戦えるとも思えない。ならば危険を覚悟して、ゲーム機に収納するか……? いけるだろうか?
「……お、おい、小僧!」
「何だ? まだ用か?」
「貴様、ルドルギーの討伐などと口にしていたが……居場所は分かるのか?! まさか無謀にも、虱(しらみ)潰しで探す気か?? 愚かだ! 笑止千万甚だし……」
「あ。しゅ、シュタイリン! あぶねぇぞ!」
「え……」
超合金の方が先に動いた。翠蓮の背後と言うのもあって、これを隙と見たのだろう。巨大な剣が、荒々しい音を立てながら振り上げられ、その刀身がシュタイリンの、その顔面まで一気に振り下ろされた。間違いなく、死んだと思った。
「はぁ……はぁ……え? あれ?」
「腰を抜かしている場合ではない。剣を抜け。もう一方を任せる」
「こ、コイツにやらせんのか? だったら俺が一か八かで……」
「見くびるな、サエネ」
「え」
「私は、至上最強の”守護者(ガーディアン)”の血を引く、シュタイリン・レオニーノ……あのような汚物に引けは取らんのだ……もう二度とな」
シュタイリンは、先ほどの狼狽えを忘れたかのように、すっと剣を取り、またスムーズな所作で前方の、訛りのキツイ”フロップリズム”の方に向いた。どれだけの下種でも、根っこは本物の剣士なのだろう。立ち姿には惚れ惚れする。
その時には、翠蓮と剣を交えた者の剣に、大きな亀裂が入った。もう、まともに使えないか。鎧の方が一歩下がった。
「背は任せる」
「……御意」
二人の剣士が背を預け合い、そして、一呼吸を置くのだった。
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