第1章 18 任務・序
「一緒に廻るって……え? いいんすか?」
「あぁ。無理にとは言わないけどね」
「じゃ、じゃあまぁ……分かりました」
何だか、こんなに事になるとは、という感じだ……。緊張するなぁ。
とはいえ、俺たちは特に目的も無く歩いた。めぼしい店と言うのは、飲食店くらいしかない。適当な雑貨屋も覗いてみるが、どうにもパッとしない。失礼な話だが、本当の話でもある。
やがて、俺の方が歩き疲れてしまって、盛り上がりも無いまま解散の流れになってしまった。”翠蓮にばかり見張りを任せるのは悪い。元々は私の任務でもある”と彼女は言うが、やはり俺に気を使っての事だろう。
「すいませんした……今日はなんか」
「構わないさ。お互い苦手が知れただけで良かった。人生とはそういうモノだよ」
「あ、あぁえっと……それも、そうなんですけど……」
「あぁ、昼間の事かい? どうして謝るんだ」
「無理強いしちゃったっすよね……我儘というか……”足手まとい”なのは、その通りだし」
「ははは。足手まといなんて、とんでもない。君の”アマツモ”は……そして君の柔軟な発想は間違いない戦力だ。ぜひ協力して欲しい」
「……はい」
そういえば、翠蓮もそんな事を言っていたな。そして、”二人を頼む”とも言っていた。
そうか、彼女は、一度は俺を頼ってくれたんだ。そのくらいの信頼は、俺に向けてくれているんだろう。
別に俺が嫌いだから、そして情けないから、何となくで言い分を否定してきた訳じゃない……。彼女なりに、俺を総合的に評価して、それで巻き込まない様にしようとしたんだ……。
確かに戦闘では俺は頼りにならないのは自明の理……ならば俺は、別の役割で貢献する。彼女を、別の角度からサポートする……そして、攫われた二人を無事取り返す。
翠蓮の気遣いを踏みにじったんなら、そのくらいするのが筋だ。
「よし。では、君にこの花をプレゼントしよう。”スペィラ”という」
「す、”すぺーら”?」
彼女は指をパチンと鳴らし、深紅の花を何処からともなく出現させた。茎は青に近い緑。薔薇の様であり、ガーベラの様である、不思議な花。
「私の好きな花だ。花言葉は勇気」
「あ、あはは……ありがとうございます」
「今日はとても楽しかった。また明日ね」
船長はとうとう去って行った。彼女の表情は、最後の最後まで笑顔だった。
「サエネよ。あの小僧はついて来ないのか?」
「小僧って……あぁ翠蓮の事か? ……まぁいいんじゃね……」
翌朝、俺は身支度を整えシュタイリンと落ち合った。彼はパトロール用の、骨組みだけの様な車を用意している。あれに乗って、ルドルギーの根城まで向かうのだろう。安全面は大丈夫か。横から零れ落ちたりして。シートベルトも無いし……不安だな。
一方の彼は、翠蓮不在を不思議がっている。それもそうだろう。まさか当日、集合場所に来ないなんて思わなかっただろうしなぁ。
「昨日あれだけ息巻いておいて……ま、まぁ、私からしてみれば来ないでくれて助かるというものだがな」
「んだ、ビビってんのか?」
「そんな訳がないだろう?? あんな小僧に」
「小僧じゃねぇってば。勘違いしてんぞ」
いくら女だと説明しても聞き入れない。本人が居ればいいのだが、生憎それは出来ない。そのまま結局、出発時刻を迎えてしまった。
「身体を出すなよ。悪路も多い。手すりから手を離すな」
「じゃあ壁つけろよ」
「重量が増せば、その分燃料を使うだろ」
「あっそ……」
見送り人はいない。町は連日の事件でてんやわんやなのだ。おまけにルドルギーへの革命を、おっぴろげに指示するのは危険であるとも考えるだろう。良く思わない者も多いらしい。
いや違う、シュタイリンが嫌われてるんだ。出会った頃からおかしいと思っていたが……合流してから数分経たずだが、とにかく自慢話が止まらない。もう耳にタコが出来そうだ。
「おい、もう走らせろよ……誰も見送りになんて来ねぇって」
「な、貴様! この私を誰だと……!」
それからまた、シュタイリンの、弁明という名の自慢話が始まった。もうこうなったら、何か文句を言う方が損だ。俺はすっかり黙り込んだ。その後、体感数十分、ようやく出発出来た。
ルドルギーが居る場所は、”旧王都”と呼ばれる様な、少々荒廃の色を伺える場所らしい。
かつてルドルギーは、武力に物言わせて先代王を打ち滅ぼし、そして即位したという。その戦跡を特に整備も改修もしなかった結果、いたる所がボロボロなんだとか。
そしてそんな”旧王都”に向かう道中には巨大な森がある。方向感覚を狂わされる様な、入り組んだ大森林だ。足元は聞いていた以上にだいぶ悪い。
「サエネよ。貴様、可哀想な奴だな」
「は?」
藪から棒に何だ……。俺は身構える。
「ふっふっふ。やはり気付いていなかったのかね」
「どういう意味だよ……」
「おかしいと思わんかったかね? まず第一にこの作戦の内容だ」
「……俺をルドルギーに差し出すって話だろ? それなら潜入は上手くいくって」
「あぁそうだ。ルドルギーは、戦力補強を渇望している。貴様と、既に連れ去らわれたガキ二人がご所望だ」
「メアとネロな」
「名前はどうでもよいのだ。ともかくこの作戦、貴様をルドルギーへ差し出す事から始まる。私が送り届けるのだから、
「お、おぉ……」
「しかしそこからが問題なのだ。お前がルドルギー一派に加わった後、一体どのような暴虐を強いられるか……」
「おお」
「謎の肉体改造を強いられ、洗脳教育を受け、”立派な兵士”と成った暁には……覚めては侵略の旗本で殺戮を繰り返し! 寝ては亡者の呪いを夢で見る! 考えるだけでも恐ろしい余生……しかし、旧王都の奴らは、むしろそんな日々に喜びを見出している!!」
「何が言いたいんだよ……」
「……お前は、あの小僧に騙されている。貴様の役割は生贄か、よくて囮か……悪い事は言わん。逃げるのならば、このハンドルを以(もっ)てして貴様の逃走に協力しよう」
「……それ、お前が城に行くの怖いだけだろ」
「……ははははは。そうかもしれんな! 貴様は勇敢だ。勇敢な馬鹿だ。ほぉら見えて来たぞ。あれが”ルドルギー帝国の首都”さ」
シュタイリンが、ハンドルから片手をわざわざ離し、その手で先を指して見せた。その先にはとうとう森の切れ目が見えるのだ。
さらにその先には巨大な城壁が見えた。その奥には巨大な城も見える。古城と言うのが相応しいような、古めかしさが特徴的な城である。あれで間違いない。”旧王都”とそのシンボルだ。
「ほんとうに、久しぶりだねぇ」
それ以降、何度か検問をくぐり、城の手前までやって来た。そして降車。城の警備の者にかなり厳重に縛り上げられる。手首には手錠。足枷に荒縄。それはもう、俺の思いつく拘束方法は全て押さえる勢いだ。
兵士に連れられ、長い長い廊下を進み、長い長い階段を上り……そして鋼鉄で出来た巨大な扉の前にやって来た。この奥に、噂の暴君が居るのか。ココに来るまで長い長い時間があったのに、特に何の心構えも出来ていない。
「この先がルドルギー帝の玉座だ。失礼の無いように」
「……ほら、早く来たまえ」
「お、おう……」
低い音を立てながら扉が開いた。室内には無数の兵士と、
「ルドルギー帝! 南の死刑囚、”サエネニト”が参りました」
「ほっほっほ。よくぞ参ったのぅ。どれ、もっと此方へ寄りなさい」
俺もシュタイリンも言われるがままだ。この場は穏便に、言われた通りにやり過ごす。何か粗相があれば両側の兵士の槍で忽(たちま)ち串刺しだ。嫌な緊張が走る。
それから、長ったらしい話とされた。ルドルギーは血を見ると興奮するだとか、武力に安心するだとか……ともかく、要約するとそんな性癖の話だ。聞いているだけで、気が滅入って、おまけに鳥肌物のエピソードトーク。
メアとネロは、こんな変態に捕えられ早二日も経ったが……無事だろうか。
それ以上に、今は自分の身の心配をした方がいいだろうか。
「もう下がってよいぞ」
「御意」
「は……あぁ御意……」
玉座の次に連れて来られたのは、地下の独房であった。牢獄と言うのは……なんていうか……慣れないな。出来る事ならこれを最後にしたい。
「一番奥だ……と、その前に身体検査を……」
兵士の男が俺の懐をまさぐった。生憎そこには何も入ってない。
次にズボンのポケットに手を伸ばされる。そこは不味い。
慌てた俺は咄嗟に身体を動かした。そしたら運悪く、俺の肩が兵士の顎にヒットする。
「がっ! き、貴様、何を……!」
「す、すんません! 悪気は無くて!」
「ちぃ……知った事か! おいお前! そこのガキを抑えろ、上下関係を分からせてやろう……」
「”お前”とは……あ~私の事かね? ふむ……それは、少し勘弁させて頂こうかな」
兵士の男の顎に目掛け、鋭く拳が振るわれた。骨が砕けた様な音がしたが……コイツは無事か? シュタイリンは……何だか満足げ……。まぁおかげで助かったが、やっぱコイツやべぇな。
「い、良いのかよ」
「何がだい?」
「いや、お前逃げんじゃねぇの?」
「気が変わった……いやはや君達にはしてやられたよ」
「えっとぉ……いつ気付いた? 結構前?」
「いいや。君の慌てっぷりを見てようやくだね。ともかく、君のお仲間を探そうじゃないか」
「お、おぉ……」
地下牢(ココ)には、見渡せる範囲くらいまでしか牢屋はない。これなら、すぐ見つかるだろう。
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