第1章 08 初任務・序
船から足場が下ろされた。坂道の様な、スロープの様な。とはいえ少し不安定なので、バランスを崩せば海面に真っ逆さまだ。気を付けて、渡る。
「おぉ……」
さて上陸したは良いが、ココで何をするのだろう。俺は二人がゆっくり降りてくるのをぼーっと眺め、待ち続けた。
「わわわ……」
「大丈夫かい? さぁ手を」
「あ、船長ありがと」
そういえば先ほどは気付かなかったが、船長の服装が見慣れない様になっていた。真っ黒な燕尾礼服で真っ黒なダブルスーツで真っ黒なズボン着用。マントをなびかせ、シルクハットをやや深く被っている。……そういえば、角と尻尾、あと羽が見当たらない。意思一つで出し入れできるのか? 人里に忍ぶなら便利だろう。
またメアも普段のチャイナ服風のコスチュームにオーバーサイズの羽織りを纏い、若干露出を抑えている。まぁ逆にチラ見えする臍や脇がエロかったりするのだが、そこは黙っておこう。
例え親切心百パーセントで伝えたとしても、気持ち悪く思われるだろうし、露出も減ってしまうという結末を迎えるので、決して何も、良い事は無い。
「では今日の任務を発表する」
「に、任務!」
「めんどくさそ~……」
「はっはっは。安心したまえ。どちらかと言えば、お使いみたいなものさ」
「お、お使い!」
「まぁそれなら良いっすけど……」
死んでまで仕事かよ……なんかいい報酬はあるんだろうな。一度死んで清々してたのに、わざわざ蘇らされたっていう身からすると、対価が金だけじゃあ納得いかねぇぞ。
……いやもしかしたら、このゲーム機が報酬の先払いという可能性がある。それで、使った分だけ働かないとキッチリ成仏させてあげません、とかもありえるか? まさかな……。
「どうしました? 暗い顔してますけど」
「ん? あぁいや何でもないぜ~……てか船長は?」
「もう行っちゃいました。では、私たちもレッツゴーです!」
まぁ今はとりあえず成り行きに任せる事にしよう。異世界の非日常感ってのも、中々乙な物だしな。つーかこれ、ほぼデートじゃね?
「最初の任務は、港湾(こうわん)管理者を訪ねる、です」
「港湾管理? いきなりお堅いな」
「でも勝手には港に停泊はできませんし、これは大事なおつかい……あぁいえ、任務です!」
まぁそうだけども……こんな若者二人組が、いきなり行って出会えるモンなのか? 追い返されそうだが。ゲーム機で拉致って無理やり許諾を得るとかか? んな訳ないか。
「? さ・え・ね・さん? 話聞いてますか~?」
「え? おぉ聞いてる聞いてる」
「ぜ~ったい嘘です! 今、あそこの女の子見てましたよね?」
メアは視線をわざとらしく動かす。確かにその先にはえらく美人な女性が居た。いつもの俺なら、本当に見惚れて我も時間も忘れていただろう。しかし今ばかりは見惚れてなんていない! 本当に身の潔白だ!
「み、見てるわけないだろ? なんで疑うんだよ」
「う~ん……じゃあ、私の名前、フルネーム分かりますか?」
「なんでいきなり?」
「“私クイズ”です! とにかく答えてください!」
何をムキになっているんだ。国際的なアイドルなんだし、昔からチヤホヤされてたんだろ? いや逆に、だからこそ無視されたのがムカついたとか……?
「メア・
一瞬間が生まれた。え? 間違えちゃった? 俺、終わった?
メアは、一瞬ムッとした表情になる。しかし怒った感じはしなかった。そうしてすぐに、いつもの柔らかな表情に直る。
「おぉ正解です! 流石冴根さんです!」
「……あ、あぁ、な、なんだよ間違えたかと思っただろ? ビビらせんなって」
「えへへ~ちょっとしたイタズラです。冴根さんって結構純粋さんなんですね~」
ちぃ……この小娘ぇ。何歳かは知らないが、大人をからかいやがって……まぁ俺も大人だ、そして紳士だ。それに今回ばかりは俺も無視を決め込んでいた訳だし、お互い様で済ませてやろう……。
「ともかく行こうぜ……任務が終わったら何か飯食おう」
「おぉ! いいですね~冴根さんは何が好きです?」
「……そうだなぁ……」
そんなこんなで、そんな他愛もない話を、こんな宛もない旅路で繰り広げていた。そして、本当に肝心な港湾管理者の事をすっかり忘れていた。
「さてどうするか」
「待っててください。私が聞いて来ます」
そう言ってメアは駆けて行った。確かに、俺みたいな不細工が聞くよりも、メアみたいな可愛い子ちゃんが聞いた方が、何千倍も効果的だわな。
何気にアイツは、自分の容姿の使い方が分かってるのかも知れない。体は貧相だが。
「冴根さ~ん! 分かりましたよ~!」
「おぉ、偉いぞ~……」
「ん? どうしたんですか? そんなに、しみじみとして……」
「いやぁ、見た目に寄らず頼りになるな~って思ってよ」
「え~? もしかして冴根さん、私のこと子ども扱いしてるんですか?」
「え?」
「私、結構大人ですよ? ほら」
メアが、俺のパーソナルスペースに侵入し、そしてそこから、一気に距離を詰めて来た。
……あ、まずい。
そんな言葉を算出したっきり、俺の思考回路は停止する。
少し前かがみになった女児の胸元……あんなものを、見てはならぬ。俺は遠くを見つめながら、そっと瞼を閉じた。俺は常識人。俺はマトモ。俺は大丈夫。何度も言い聞かせる。
そして再び目を開く。自己暗示の成果だろうか、とうとう俺は彼女の身体に欲情しない力を手に入れた。
「ほ、ほら~早く行こうぜ。飯食う時間が無くなっちまうよ」
「む~……そうですねぇ。じゃあ行きましょっか~」
やって来たのは、やけにデカい施設だった。儲けてんのか、税金がえぐいのか。どのみち港や貿易に力を入れてんだな、この町は。いよいよ許可なんて貰えそうにないが。
しかしメアは堂々と、そして生き生きとしている。ここまで来ると、何か策があるのだろうか。取り敢えず任せてみよう。コミュニケーション能力は俺が口出し出来る領域ではないだろう。
「お邪魔しま~す」
メアは、猫なで声を出しながら侵入を敢行した。アイドル界隈に居た頃に、ああいう技術を身に付けたんだろうな。あんな見え透いた”媚び”に騙される輩は果たしているのか……。
さて施設内には、おおよそデスクワークが生業ではなさそうな、ガラの悪い男たちが揃っていた。これは、別の意味で話が通じそうにないな。そんな感じがした。
しかしなおもメアは、臆する事なく受付へ進行する。
「ぁんだ? ガキがノコノコと……」
「えっへへ~実はですね……」
そうしてメアは男に何やらコソコソと耳打ちをする。俺には分かる、あの男、平生を保ってる様に見せかけて、内心は興奮により狂喜乱舞のお祭り騒ぎである事を。なにせ、女児に欲情しない力を持つ俺でさえも、心の底から羨ましいと思う程だ……。
どうでもいい。ともかくメアの策略とは、いわゆる色仕掛けだったんだろう。それならば、ああいう欲望に正直そうな男達への効果は絶大だ。完全にノリで生きてますって感じの風貌だもの。
「お願いします!」
「たっく……分かったよ。俺についてこい。ボスの部屋に案内する」
「ホントですか? やった~! お兄さんありがとうございま~す」
「おぉ」
これは、俺も付いて行っても大丈夫な流れか? にしてもアイツ、マジで凄いな。交渉術……とも違うが、この世界線だと、ああいう懐に入って来る女子は物珍しいかったりするのか? 男はああいうのに弱いんだよ。
メアがコチラに手招きする。ウィンクのおまけ付きだ。
俺は足早に、男とメアの後を追いかけた。
それからの交渉も、あまりにスムーズに進んだ。特筆する事も無いし、俺は隣に居ただけなので達成感は毛頭なかった。ただ、”男は女の媚びに弱い”は全異世界に通ずる常識だったらしい。
「やりましたね、冴根さん」
彼女はニッと笑う。この子は、本当に、どこまでも末恐ろしかった……。
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