第1章 07 到着

「そうか、では彼らは英雄室に戻しておいてくれ」

「燃えて炭だらけですけど……」

「そうだね。ではついでに清掃も頼むよ」


 俺は火災から人々を助けた英雄こと冴根仁兎だ。

 あの日から早くも一夜明け、今日は船長に、褒美の一つや二つくらい貰えて然るべきと踏んでいた。ついでに炭まみれの部屋じゃない場所で介抱してやるのが良いと直談判までしてやった。俺の正義感は加速していた。

 しかし現実は厳しかった……。


 船長が言うには、今寝てる奴らは”英雄室”に居ないと目覚める事が出来ないらしい。一度起きればそんな制約は解除されるらしいが、ともかく、この世界で初めて目覚める際には、特殊な加工が成された英雄室でないとダメらしい。


「清掃は翠蓮にやらせるべきだと思います」

「う~ん……確かに発端はそうかも知れないが、彼女は急ぎの用事があるんだよ。すまないね」


 ……嫌な記憶がちらつく。この押し付けられる感じは、生前の記憶にもあった……思わずアレルギーが。あの頃は、苦虫を嚙み潰しながら職務に就いた。


 結局今の俺も、言われるがままである。


 しかし俺には心強い味方があった。このゲーム機だ。

 まずは燃えカスや炭をゲーム機に収納し、それから診察台(ベッド)も新調してやろう。寝室にあったベッドをこっちに移送して……ひとまず作業を始めようか。



「クセェ」


 扉を開けると……まぁ扉とも言えないような焦げた板を押しのけると、香ばしい炭の匂いが押し寄せてくる。紛いなりにも都会人な俺には、こういう炭の匂いはあまりにも馴染まなかった。ついでに言うと、都会人なので虫も苦手だったりする。

 真っ黒こげになった診察台(ベッド)や壁にこびりついた炭を収納し、傷んだ箇所には何かしら廃材で補強してやる。こんな素人のクソみたいな補強で、この大船に貢献出来ているとはとても思えないが、見栄えはマシになった。

 それとおニューのベッドも並べる。


 さらについでに、天井のランプも取り替えてやった。淡く温かい光が灯る。あの暗闇の原因は、どうやらランプの燃料切れだったらしい。



 とまぁこんな具合で、押し付けられた雑務を淡々とこなしていく。そうして、ゲーム機内の彼らを元の場所に寝かす作業に移る。

 プロレスラーが二人と獣人娘が一人だ。


「まずは……まぁこのデカ物共から取り出すか」


 具現化コマンドを押す。するとやはり飛び出した。

 鬼の様な大男だ。いや”様な”というより、マジモンの鬼か? 牙と角が、非常に発達している。まぁ竜人も乗っているのがこの船なのだから、寝てる奴に今更驚く事もない。

 それに、今は別な問題があった。


「出す位置間違えた~……」


 具現化の場所指定は出来ない。コマンドを押したらその場で具現化してしまう。ベッドの上で具現化すれば良いものを、俺は誤ってベッドの真横で出してしまった。

 身長役二メートル。体重は推定百五十キロオーバーか。一人ではとても持ち上げられない……。



「は? 手伝いだと?」

「頼むよ。ホント、一瞬だけだからさ」


「……はぁ」


 俺は翠蓮の下を訪ねた。力仕事ぐらいやらせようと企てたわけだ。

 彼女はいつもより薄着で、案外発育が良い身体を露わにしているわけだが、彼女の事は嫌いなのでそそられはしない。いやむしろ嫌いな奴の方が興奮する日もあるな。何よりコイツ、顔立ちは良いのだ。

 それにしても、何とも嫌そうな顔をしているな。そういう所が苦手なのだ。普段から目つきが悪い。そういうとこ直した方がいいぞ?


「……まったく、今回だけだぞ」


「おぉ、案外すんなり……」

「黙れ」



 英遊室に戻る。翠蓮は驚いた様子だ。


「……だいぶマシになったな」

「まぁな」


 そうして事の経緯を諸々話す。しかし翠蓮は話半分と言った感じで、察したように大男の下に向かっていく。そして軽々ひょいっと持ち上げた。どんな怪力だよ。金髪との殴り合いの時もそうだけど、どいつもこいつも化け物じみてるな……。



「……先日はすまなかったな。冴根」


 唐突に、らしくない事を言うじゃないか。火災の原因を船長にでも聞かされたのか? どうやら罪の意識はあるらしい。しかし俺に謝るのは本意ではないだろう。背を向けているので表情は見えないが、きっと不愉快に顔を歪ませている。

 俺は彼女の薄っぺらな謝罪に対し、飄々ひょうひょうとした受け答えをする。”何がだよ”などと、とぼけてみたりもした。


 翠蓮が大男をベッドに移し終えた。そうして、くるりとコチラに向く。俯いているのでやはり表情は見えない。力仕事とは言え、あれだけ軽々とこなしていたのだから、疲れている訳ではなさそうだが……。俺とは目すら合わせたくないのか?


「……ありがとよ。助かった」


 しかし、俺はコイツほど不躾ではない。助けられたのは本当だ。なのでまぁ一応礼は言った。

 すると翠蓮は、俺の横を一歩過ぎた所で足を一旦止めた。まだ何か用だろうか。


「此度の出火の原因は……私が…………私のせいなんだろ? すまなかったな」


 なんとも弱々しい声色だった。驚いた。こんな声が出せたのか……。俺は思わず振り返る。しかし、その時にはもう彼女の姿は無かった……アイツ、逃げ足も早いんだな……。



 俺は同じ失敗を何度もしない男だ。その一方で大きな失敗をしがちな人間でもある。いやその話はどうでもいい。ともかく俺は先ほどの反省を活かせるのだった。

 さっきのは適当な位置で具現化してしまったもんだから失敗したのだ。なので今度はベッドの上でゲーム機を構え、そして具現化コマンドを選択してみる。


「よぉし」


 成功だ。二人目のプロレスラーは無事に診察台に横たわらせた。ちょっとの工夫で上手くいくもんだな。

 にしてもこっちのは体中が傷だらけだ。生前、拷問でも受けたか? それがコイツの功績だろうか。さてそんな事はどうでもいいのでさておき、最後の一人を呼び出そう。

 もちろんだが、金髪を呼び起こすつもりは無い。また暴れられたら堪らないからだ。なのでとりあえずは、様子を見るという方針になった。


「えっと……この子は……」


 そうして獣人娘のベッドに近寄り、具現化コマンドを押そうとした。しかし直前で踏みとどまった。この時の俺が、船長のとある言葉を思い出したからだ。


 ”寝ている者は”英雄室”に居ないと目覚める事が出来ない”。


 つまりこの子は、この部屋に居ないと起きられない。言うならば、この部屋以外に移してしまえば、何をやっても起きる事は無いのだ。それこそ、どんなあくどい蛮行に興じたとしてもだ。


 俺の中で恐ろしい葛藤が始まる。


 俺の部屋に、連れ込むか否か。そしてその後はどうするか。しかしもしバレたら……。


 その時ズシンと大きな衝撃を全身に感じた。思わずよろけて尻もちをつく。

 船が急ブレーキをかけたみたいだった。


「島だ! 集まれ!」


 船長の声がした。俺は慌てて声の方へ走る。

 着いたとは何処にだろう? そういえば、何処に向かっているかをまったく知らなかったな……。



「あ! 冴根さん! 探してたんですよ?」

「ごめんごめん……着いたって?」

「はい! 凄いですよ! 早く一緒に見ましょう!」


 とメアは言うが、すでに、視界には“島”と呼ばれていた陸地がまざまざと広がっていた。

 西洋、無理に例えるなら現代のヨーロッパの様な景色だった。レンガ調の小さな家が立ち並び、川が何本も流れている。近代的な機械は見えないが、車の様な乗り物が、荒々しいエンジンを響かせながらガタガタの街路を走っている。

 さてそこを闊歩する人々は、皆自信に満ち溢れた様な表情と服装(ナリ)である。顎を少し上げ、ぎらつく装飾を揺らしながら、大股で歩いているのだ。故に自信たっぷりに見えるのだろう。


「すごーい!」


 メアは流石のリアクションだ。国際的なアイドルなら、このくらいの観光地を見慣れていない訳でもないだろうに。やはりタレントはリアクションが命だ。


 一方の船長は、大きなリアクションこそしていないのだが、穏やかな表情で街並みを眺めていた。

 翠蓮は……まだ来ていないのか。


「では早速上陸しようか」


「はい!」

「はい」

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