第1章 06 英雄

 半身を起こしたその少年に対し、俺が抱いた感情は、言い得ない恐怖だった。先ほどまで自分は死にかけていたのに、その事なんてとても知らない様子で、口角を吊り上げニヤニヤと笑っている。瞬きもせず、呼吸らしい素振りも見せず、ただただニヤニヤとしているのだ。恐ろしい。コイツとこれから寝食を共にするのか……。


 しかし万事解決した事は幸いだ。結局、火を消したのがこの少年か否かは不明だが、そんな事も今となってはどうでもいい。


 ……さてどうやら、この火災の原因は、俺が忍び込んだ際に持ってきた松明(トーチ)だったらしい。部屋の隅で炭になっている。翠蓮に引っ張られた時に、不意に落としてしまったらしい。これはとんでもない事だ。皆には黙っておこう。


 それじゃあひとまず、ゲーム機に入れた奴らを安全な場所まで運ぶか……死んでたりしないよな? ゲーム機ん中に入れた奴らのステータスとか、体力状態とか見れたら良いのに。

 つーか、この少年も移動させないとな。目覚めたばっかりって事は、俺みたいに体動かなくて、感覚バグってて、言語も意味不って状態だろうし。俺の時は国際的アイドルのメアが世話係だった訳だが、お前は俺で我慢しろよ。


「よし、とりあえず立とうか。金髪くん」


「……ーーー」

「? なんて?」


「ーー」


 笑っとる……。なんかコイツ、気持ち悪ぃな……。


「避けろ! 冴根!」


 唐突にそんな声が聞こえた。かと思えば、襟首を掴まれ、思いっきり後方に引っ張られた。俺はその勢いで後ろに飛ぶように移動させられる。


「ー。ー-」


 翠蓮? 俺を投げ飛ばしたのは彼女であった。彼女の手には漆黒の日本刀が握られている。周囲には刀身を輝かせるような光が無いのだが、それでもその刀はギラりと輝く。


 何故投げ飛ばされたのか、また気に障る様な事をしてしまっただろうか。


「ー-。ー-。ー-」


 金髪の少年は尚も知らない言語を喋り続け、右手を翠蓮の方に伸ばしていた。その様はまるで何かを乞う赤子のようだ。翠蓮の迫真っぷりと比べると、なんとも拍子抜けする具合である。


「す、翠蓮どうした? 危ねぇから刀しまえよ……」

「間抜けが……いいから上へ避難してろ」


 まぬけ、か……ホントに罵倒スキルはピカイチだな。イケメンの御目付役は私に任せてってか? じゃあ、お言葉通り暇させてもらいますよ。ついでに炭の後処理は任せたぜ。それでもムカつくから船長に出火の原因はコイツだって言いつけてやろう。


「……おい! 早く逃げろ!」

「ー」


 その時、廊下の小窓から強烈な光が差し込んだ。さらにその時、翠蓮が窓の方へ投げ飛ばされた。彼女が衝突した衝撃で、小窓は窓枠ごと簡単に破壊され、彼女はそのまま海へ飛んで行ってしまった。


「は? す、翠蓮?!」


「ー------------」


 背後からまたも知らない言語と、不気味な高笑いが聞こえて来た。


 コイツはヤバい。俺の身体は自ずと勝手に、元来た階段と、その先の甲板を目指して動いていた。


 

「メア!」


「あ、冴根さん! 大丈夫でしたか? 翠蓮さんは?」


「それどころじゃねぇって、マズいのが目覚めた!」


 言葉では、上手く伝えられる気がしない。俺はメアを抱き寄せ、とにかく安全な場所へ導いた。


「さ、ささ冴根さん?? な、なになに?」

「いいから! ともかく火事は大丈夫だった!」


「ーあぃ-ーゃ」


 まだ、そう遠くには移動出来てなかった。まだ、追いかけて来て欲しくはなかった。しかし、金髪の少年イカレには空気を読むような躊躇は無い。

 階下から顔をひょこっと出し、ニヤケ面でこちらを見つめている。今度の獲物はお前たちだ、と言わんばかりである。


 この状況、メアと一緒にいる方が危険かも知れない。アイツの狙いは知らないが、俺を追尾してるなら、メアを巻き込む事になる。


「メア……一人で逃げれるか?」

「え」


「あぁえっと~違うな……一人で逃げてくれ。頼む」


 もう少し、強く突き放す様に言うつもりだったが、格好つけるのには慣れていなかった。

 メアは小さく頷き、大きな歩幅で走って行った。宛はあるのだろうか。そんな親心の様な心配感を抱く。今俺が向き合うべきなのは、あの金髪だというのに……。



「あーんでーーるの」


 金髪がまた喋った。声変わり前で、おまけに拙い言葉遣いなのが余計に気持ち悪い。あと、だんだん言語も分かるようになる。あの時の俺と立場は真逆だが、似た感じだ。


「かかって来いよ……収納してやる」


 一度触れて、〇ボタンを押す。そうすれば俺の勝ちだ。勝ちの定義はよく分からないが、とりあえず無力化はできる。金髪(アイツ)なら無理やり出てこれそうだけどな……。



「ゴホゴホッ……お、おい……冴根」


「おぉ、無事だったんか……」


 甲板に翠蓮がよじ登って来た。小柄で不健康そうなナリをしているので、てっきり死んだかと思っていたが…………まぁ不謹慎か。

 そんな事をぼやぼやと考えていると、翠蓮が俺に近づき、俺の肩を突き飛ばしてきた。コイツはホントに……。


「お前が立ち向かっていい相手じゃない。私がやる」

「敵わないのは何となく分かってんよ。だからさぁ、アンタが隙作ってくんね?」


「……なるほど、アマツモか」

なら勝てる。多分」


「いいだろう。しかし迅速に行え。奴は大切な船員だ」


 それだけ言い残して、翠蓮は刀を構えた。刀身は漆黒。先ほど見た通りだ。先程までとの違いと言えば、太陽の陽が強く照らしている事で、より眩く輝いている事か。


「参る」


 それから俺は、自分の言ったことを後悔した。“隙を作れ”や”コレなら勝てる”など、とんだ絵空事だったらしい。

 彼らの攻防を、俺はまったく目で追えていなかった。いうなれば、彼らの姿形さえ、まともに見えていない具合だ。

 彼らの戦況を感じ取れるのは、聴こえてくる金属の打ち合う音や、時折響く獣の様な唸り声のみである。


「おい! 冴根! 早くしろ!」

「む、無茶言うな! 何も見えねぇって! 一瞬でも動き止めてくれよ!」


「……ちっ」


 し、舌打ち? おいおいマジかよ。


 次の瞬間、翠蓮は金髪を足蹴にした。するとついに金髪が、一瞬体勢を崩す。ようやく二人が視界内に留まってくれた。

 そして翠蓮は逆手で刀を振り上げる。


「今だ! 来い冴根!」


 なる様になれだ。俺はゲーム機を構え、一心不乱に二人へ突っ込む。

 翠蓮は迫真の表情で金髪の肩に刀を突き刺した。金髪の上半身は甲板に打ち付けられ、奴はとうとう顔を歪ませた。



「はぁ……はぁ……よくやった、冴根」

「ほんと上から目線だな」


 アイテム欄には”ネロ・ハンネス”の名称と共に、先ほどの金髪が収納されていた。説明欄には”世界中の魔王を次々に討ち取り、平和な世を創世した伝説の勇者”と記載されているのだった。

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