第1章 05 ポータブルゲーム機『UFO』

 アイテム欄には確かに『神帝コイン』と称されるアイテムが入っていた。そのコインの説明欄には、“あらゆる物と交換可能なコイン。巡り巡って使用者の手元に帰ってくる。”などと記載されている。

 そんな都合のいい物があるのか? 甚だ疑問だね。俺はひとまず疑ってかかる。


 その時、気になる単語を見つけた。“具現化”だ。まさか、アイテムをこの世に持って来れると言うのか。半信半疑ながら押すだけタダだと押してみる。


<具現化コマンド実行 『神帝コイン』を具現化します>


 電子音が流れ出し、そして途切れると、画面から一枚のコインが飛び出した。決して美しいとは言えない色合いだし、ふちが妙に鋭利で、油断をすれば切り傷を作ってしまいそうだ。五百円玉よりも重いな。おおよそ五、六枚分くらいだろう。

 さてこのアイテム、説明が本当だとしたならかなりの代物だが……その実態やいかに。

 まぁこの船には商店なんて無いし、今は試せないな。


 これ、ゲーム機の中に返せるのだろうか? もし出来るならやっておきたい。無くさないように意識するのは結構ストレスなんだ。


 片手にコインを、もう一方の片手にゲーム機を持って、全てのボタンを押してみた。

 そして〇ボタンがヒットする。ボタンを押した拍子に、コインが画面に引き込まれていった。


「このゲーム機、かなり便利だぞ」


 ……そりゃあ船長にも翠蓮にも無くすなって釘刺される訳だ。


 ふと思ったが、ゲーム機内で入手したアイテム以外の……要は、現実世界のアイテムでも、ゲーム機に収納できたりするんだろうか。姿見とかベッドとか。

 ……思い立ったらば実行あるのみだ。このゲーム機には無限の可能性が秘められている。


「わ」


 ベッドに触れ、お約束通り〇ボタンを押す。すると予想通り、ベッドが画面内に吸い込まれた。アイテム欄には”ベッド”の表記が追加され、律儀に説明文も付与されている。

 これを使えば解析も簡単に出来るんだ。


 ステータス管理、具現化、収納……”マップ”はだいたい分かるし試す必要はなさそうだな。



 そんなこんなでゲーム機を弄りまわしていた。ニート時代を思い出す。と言っても、俺が慣れ親しんでよく触ってたゲームはもっぱらPCゲームな訳だが。

 そんな時、寝室の扉が慌ただしく叩かれた。訪ねて来たのはメアである。何か血相を変え、よほど鬼気迫っている様子だ。


「ど、どうした?」

「た……大変です……! はぁはぁ……ふ、船が……船が燃えてます!」


 燃え……え、は?


 俺は、彼女の言葉を一瞬では理解出来ず、そのまま混乱の坩堝(るつぼ)に入ってしまう。

 燃えるとは何処が? どんな感じで? 逃げ場なんてあったか……?


 ともかく俺は今大慌てな訳だが、それ以上にメアが混乱している……と、なれば、俺だけでも落ち着いていなければならない。


「え、えっと、救命具とか、ボートとか無いのか? 急いで逃げた方が良い……つーか船長たちはどうしてんだ?」

「今丁度留守で……」


 る、留守? この孤立した船をどうやったら留守に出来るんだ……? ま、まぁ今は良い。なんだったら、逃げ道が混み合わなくなるから、むしろ好都合だ。俺たちは、俺たちが避難する事だけ考えればいいんだから。

 絶海に放り出されるのは怖いけど、生きてさえいれば何とかなる。このクソ便利なゲーム機もあるしな。


 そうと来れば、優先すべきは逃げ道を見つける事になる。


「で、何処が燃えてんだ?」

「船の奥の、“英雄室”です……」

「えいゆ……よく分からんけど、ひとまずソコには近付かない様に、避難経路を確保して……」

「で、でも! あの部屋にまだ寝てる人がいて!」


「ひ、人? 寝てる……?」


 人が寝てるって……まさか、さっき俺が行った部屋か?


「早く火を消さないと……あの人達が死んじゃいます……」


 え……冗談だろ。よりによってあの部屋かよ……。あそこに火つく要素なんてあったか?


「…………メア! 案内してくれ。俺が何とかするから……」

「は、はい!」


 メアは一瞬だけ安心したような表情になった。そうして俺を置いてくくらいの駆け足で、現場へ向かって行く。



 燃えている部屋は階段を降りた先にある。意図せず下見は済ませてある。

 メアに連れられ例の階段に到着したが……その奥が、やけに明るくなっていた。黒煙が入り口から溢れ、野焼きの様なクラりと来る悪臭まで漂ってくる。ここに今から入るのか。事は短期決戦にしなければならない。


「ほ、ホントに大丈夫なんですか……?」


 メアは震え声であった。当然身体も震わせている。今にも泣き出しそうだ。さぁさて、俺に何も策が無い事を知ったら、彼女はどんな反応を見せるだろうか。伝える必要は無いか。


「メアは逃げときなよ……もしかしたら……ほら、爆発するかも知れねぇから」

「ば、ばくはつ……? そんな……」


 メアは忽ち青褪(あおざ)めた。あまり見ない表情だな。別に脅かすのが好きな訳じゃ無いんだが……現状が現状なだけ、最悪を想定して伝えるべきだろうと思っただけだ……ごめんな、悪気はないんだ。


 ……物語の主人公とかだったら、こういう時励ましのセリフが出るんだろうな。それか気の利いた一言でも言うんだろうか……。それに引き替え俺は……。

 俺は人を動かす事に関してはとことん実力不足、かなり苦手なんだ。ともかく素直に逃げてくれ。俺の本音はだいたいそんな感じだ。


 俺は意を決して階段を一歩下る。熱さはまだ感じない。焦げ臭いばかりだ。

 もう手遅れかも知れない。それでもメアの手前、“やっぱり逃げよう”とは出来なかった。俺はどこまでも合理的じゃなく、プライドを優先してしまうらしい。まったく……もう三十路だぞ。



「あっちぃ……」


 階段を降りきって、視線を真っすぐに向け直す。火の手は想像よりは大分マシだった。それでも燃えている事には変わらない。俺なんかが、あの業火に対して何が出来るというんだ。


「水でも被ってくれば良かったな……」


 さらに気合を入れ直す。さぁ人生初めての人助けだ。


 俺の作戦は簡単だった。

 例の部屋に突入し、寝てる奴らをこのゲーム機の中に収納し、炎から逃げおおせる。生物が収納できるかは分からん。火元を絶つなど、根本の解決も出来ない。が、俺に出来る最良はこの程度だった。


「ふぅ……」


 大火傷必至。ココからは早さ勝負だ。


 俺はまず一目散に例の部屋……”英雄室”とやらに駆け寄り扉をこじ開ける。


「あっづ……!」


 中は言わずもがなの火祭りであった。しかし幸い、取り返しがつかないと言った感じではない。

 まだ間に合うかもしれない。そんな希望が持てるのは、迅速に俺を頼りに来たメアの功績な訳だ。


 俺はまず豪傑(プロレスラー)の片方に手を伸ばした。そして例によって〇ボタンを連打する。

 これはナイスな作戦だった。かの大男がゲーム機に吸い込まれたのだ。このゲーム機、生物まで収納できる。感心しつつも手は止めずもう一人の豪傑も収納する。

 その頃には、廊下の火がますます燃え上がり、目が焼けてしまうと錯覚する程に、その光度を高めていた。


「ゴホ……あぁちょっと吸い過ぎた……」


 次に獣人の娘に手を伸ばす。この時ばかりは何ら邪(よこしま)な気持ちは無かった。本当だ。


 最後に金髪のイケメン少年だ。この子は一番出入り口に近かった。この子を収納して、そのままの勢いで脱出するという算段な訳だ。


 俺は無我夢中に手を伸ばす。あと一人。その頃になると、もうマトモに呼吸も出来ていなかった。


「あ……」


 その時、予想外な事が起こる。金髪の少年が半身を起こしたのだ。


 そのことが災いして、俺の手が空振りする。何ともマヌケな話だ……。俺はそのまま前転するようにして転ぶ。床は火の海なので、勿論、接触した部分に激痛が走る。


「いってぇ……」


 さらに俺の行動はワンテンポ遅れる。これは不味かった。瞬時の判断ミスが命取りとなるだろうに……。火は、さらに勢いを増した。

 なぜワンテンポ遅れたのか。それは、とある躊躇が原因だった。先ほどまでの三人と違い、この子の様に眠りから覚めた生物は、収納の対象になるのだろうか、そんな疑問を考えてしまったのだ。


「考えてる場合か……」


 俺は再び、一心不乱に手を伸ばす。


 その時だった……。


「ー---」


 少年が何かを呟いた。

 その瞬間だった。俺たちを取り囲んでいた業火が、一瞬にしてかき消された。この子の、何かしらの能力なのか……俺はそんな思考をすると同時に、張り詰めた緊張の糸がこと切れたらしく、その場に力なくへたり込んでしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る