第1章 04 冒険

 それから数日が経ち、船上での生活も大分慣れてきた頃。俺は船内のトーチを一本くすねた。衝動的にではない。暗闇に立ち向かう為だ。

 あの日メアの力を借りながら登った階段を、今こうしてゆっくりと降りている。ギシギシと木が軋む音がする。かなり湿っぽい場所だ。行こうと意気込むだけで鬱々としてしまう。


「よーし」


 トーチと言ってもそこまで豪勢なものでは無い。少々手の込んだ松明程度である。しかし明るさは申し分ない。足下までしっかりと照らす事が出来た。これならば、あの日目覚めた部屋にも到達できるだろう。

 とはいえ場所を正確に覚えている訳でもない。手当り次第に部屋を覗いて回るしかないのだ。


 一つ、また一つと扉を開け、その度にこの船の大きさを窺い知る。どの部屋も巨大で、多くの積荷が乗せてあるのだ。食料なのか、はたまた金銀財宝なのか。


 そういえば、この世界はやはり俺の居た世界ではないらしい。この事は、メアが教えてくれた。

 しかし、どんな世界なのか詳しく聞こうとすると、“翠蓮さんが物知りです”と言われ、俺は速攻で尋ねる事を諦めた。

 と言うのも、メアも目覚めて数週間しか経っていないらしく、認知具合は俺と大差ないんだとか。


 それと、メアはアイドルだと言っていたが、俺と同じ世界の出身という訳ではないらしい。俺からすればメアは異世界人だし、向こうもそう思っている。

 色んな世界の功績持ちが、何かの基準で集められたのがこの船の、そして乗組員達の共通点だという。


 翠蓮も何かしらの功績持ちか……あのプライドの高さは、確かな実績の裏付けという訳だ。



 着いた。ここである。そこまで奥の方じゃなかったのか。あの時は感覚が鈍っていたせいで、本当の距離よりも長く感じていた。

 とまぁ前置きはこの位で、俺はおずおずと扉を開けた。中にはやはり、四つの人影が横たわっていた。


 手前の奴は男児だった。見当をつけるなら十五歳くらいだろう。かなり若い。若くして亡くなったのか。世知辛い世の中だ。いやしかし、若くして功績を残したとも言えるだろう。俺みたいに若返っている可能性はあるが……。

 ……う~ん、それにしても綺麗な顔立ちだ。まつげなげぇ~。肌きれぇ~。髪も金色で、こりゃ日本なら大モテだな。


 そしてその一個奥の娘は、俺があの日胸を揉ませて頂き賜うた彼女だった。あれは……ケモ耳か? イヌの様な垂れたふさふさの耳を生やしている。二次元界隈では、いわゆる獣人と呼ばれる様な見た目だ。薄緑の髪はボブカットで、それはそれは童貞ウケが良さそうだ。

 胸も、想像の倍ぐらいでかい。経験など毛頭無いので詳しくないが、FかGはありそうだ。


 彼女らと向かい合った側のベッドにもまた人が寝ている訳だが……コイツらは本当に人なのか。プロレスラーとでも見紛うほどに豪傑だ。身長もそれぞれ2メートルはありそうだが……。


 コイツらもいずれ目覚めるのか。少し今よりも肩身が狭くなりそうだ。


「おい貴様、何をしている」


 俺はビクッと体を跳ねさせる。誰かが俺に声をかけた。

 正体は……よりにもよって翠蓮だった。気付かない内に背後を取られていた。特段|疚(やま)しい事をしていた訳では無いが、彼女は俺へ悪意を向ける。何をどう弁解しても、一挙手一投足すべてを悪く捉えられるのは容易に想像できた。


「まったく……気味の悪い猿芝居をしたかと思えば、今度は船内をドブネズミの如く這い回り……本当に不快な小僧だ」


 じゃあお前何歳だよ。まぁ確かに今の俺は若返ってるが、それでもコイツよりは年上の筈だ。コイツ、見た目はただの中坊。


「……は、ははは~何でもないっすよ~。無くし物しちゃって探してただけで」

「無くし物? よもや“アマツモ”じゃないだろうな」


「あ、アマツモ?」


 またよく分からん罵倒か? とも思ったが、そうという訳でもないらしい。それに俺には心当たりがあった。無くすなと釘を刺された”例の代物”の事だろう。


「アマツモって、このゲーム機の事っすか?」

「……あぁそうだ」


 こんな型の古いポータブルゲーム機が、どうしてそんなに大切なのか。じゃあ何故俺に持たせているのか。信用しないなら奪い取ればいいだろうに……。


 いざ再びこのゲーム機を眺めていると、ますます不可思議な感じがしてくる。

 取り付けられているのは、十字キー、〇とBが書かれた丸形ボタン各一つづつ、あとはメニューボタンという名称が書かれた小さいボタンだけだ。電源ボタンは見当たらない。

 一応モニターもあって光っているのだが、画面は真っ青でスコアもNPCも何もかも表示はされていない。電源が切れているのか、バグってるのか。


 背面には『UFO』と書かれている。


「あの~これ壊れてません? どのボタン押しても反応しないんすけど」


「……お前は既に使い方を知っている。忘れているだけだ」


 翠蓮は小さくため息をつく。そうして俺に近寄って来た。


「な、なんすか」

「兎も角、この部屋にはもう来るな」


 そうして彼女は俺の腕を掴む。チビのくせに力が強い。俺がバランスを崩したとしてもお構いなしに、尚も腕が千切れるほどの力で俺を引っ張ってきた。



「あ~!」


 階段を上り切った場所にメアが居た。今日も快活な声を響かせ、無邪気で愛らしい笑顔を咲かせている。


「あぁメア……」

「二人共、もう仲良くなれたんですか? よかったですね~」


 仲良く……まぁ確かに、はたから見ればただ腕を組んでいるだけにも見える。実際は骨折寸前、阿鼻叫喚の締め具合な訳だが。かく言う当然振りほどく事も出来ないので、俺は腕を組み続ける。


「仲良くなっただと? 妄想も大概にしろ」

「え~違うんですか? 冴根さんはすっごく嬉しそうな顔してますよ? ね?」


 止(よ)すんだメア。腕の骨が折られかねんのだぞ。嬉しそうな顔なんてしてません。


「ふん」


 しどろもどろしていると、翠蓮に突き飛ばされた。幸いよろける程度だったが、階段方向だったら転がり落ちてたぞ……。

 かくいう翠蓮は心配する様子もなく、結局不機嫌そうにその場を後にした。


「何かあったんです?」

「な~んにも。それより腹減ったな」

「そうですね。ではご飯にしましょう」


 それから昼過ぎまで、なんて事ない時間が過ぎていった。普段ならネットサーフィンに勤しむ訳だが、生憎スマホもパソコンもない。あるのはこのゲーム機だけだ。


 本当にコレは使い道がないのか。色々と弄り回してみる事にする。まずはボタンからだ。


 ○ボタン……反応無し。

 メニューボタン……反応無し。

 同時押しならどうだろう……よく型の古いゲーム機では、手動で初期化する際同時押しなんかが多用されていた。誤操作を回避するためだ。それと同じ要領なら、そういう操作が効いてきそう。


「お」


 予想は的中した。

 画面中央にはドット絵チックな『UFO』という文字が表示され、オルゴールの様なSEが、なんともしっとりと流れてきた。

 俺はここぞとばかりにメニューボタンを押す。“ヘルプ”を見る為だ。ヘルプとはゲーム内で確認できる攻略指南であり、操作方法なんかを確認できると踏んだ訳だ。


「え~っと、へるぷ、へるぷ……」


 メニューウィンドウに表示されたのは、“マイページ”と“ログアウト”の二つの項目だけ。これでは、ゲームというより会員向けサイトである。

 俺はとりあえず”マイページ”を開く。そこには“ステータス”と“アイテム”と“マップ”の計三項目が表示された。こちらのウィンドウはRPGっぽい選択肢だ。


「ステータス……? 俺の?」


 何にしても、押してみればおおよその事は分かる。その思惑通り、押せば様々な数値が表示された。

 主人公の名前は“冴根仁兎”。そう、俺だ。初期化したのに、何で俺の名前入ってんだ? 改めて設定した覚えはない。もちろんただのゲーム機じゃ無いんだろうが……まさか呪物的な代物じゃないだろうな。


 まぁ恐れても仕方ない。俺はステータスを眺める。

 身長、体重、BMI、コレステロール値、血糖値……俺自身も把握していないような数値がズラっと並んでいる。これなら健康診断要らずだな。

 さて、そんな診断書みたいな項目は飛ばし読みして、気になる能力値を見ていこう。きっと、もっとワクワクするような数値がある筈だ。


 攻撃力10。防御力10。素早さ5。賢さ10。秘力0。


 ほう。なるほど。ひと目でわかるぞ。クソ数値なんだ。

 なんだ10って。最大値が分からんがきっと大した事ないだろ。秘力……ってのはよく分からんけど、0だな……。実は隠れた才能があって~……という訳でもないのか。


 嫌気が刺してBボタンを連打。ステータスを迅速に閉じる。そうして勢い余って、ホーム画面にまで戻ってしまった。画面には再び“マイページ”と“ログアウト”の文字が……。あ~あ。


 そんな事をふと思った時、画面が突如薄暗くなった。

 そうして、とあるメッセージが表示される。


<会員登録ボーナス! 『神帝コイン』をアイテムに追加しました>


 会員登録? 俺は呆気にとられる。あまり気分の良い文言ではない。

 呆気にとられながらも怯まず、“マイページ”内の“アイテム”を確認してみる事にするのだった。

 この『神帝コインアイテム』は、きっと素晴らしい物であると、ゲーム脳である俺の直感が悟ったのだ。

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