第1章 03 快感

「私の名前はフレア・サーラン。ここの船長をやっている」

「改めて私も自己紹介しますね。メアと言います。メア・Pプチ・ハート……は芸名ですけどね~。貴方のお世話係を務めさせていただきます!」


 二人とも、名前は横文字だった。生き返ったと言っても日本じゃないらしい。まぁそもそも、彼女らの顔立ちや、知らない言語であった時点で勘づいてはいたが……。


 気になるのは日本か否かではない。この世界が現実世界であるかどうかだ。明らかに亜人種であるフレア船長。現実世界ではないという結論が自然だろうか。その辺の正誤も、明日の朝に尋ねる事にしよう。


 今はただ、二人の話を聞き続けた。


「という訳で、君はすでに亡くなっている。元の世界には帰れない」


 会話はそんな話題から始まった。今更だ、と我ながら淡白に受け取った。


「しかし前向きに捉えて欲しい。生前の”功績”が認められたから、君はこの船に転送されたんだ。とある”使命”を背負ってね」


 功績? 使命? 身に覚えが無いな。俺は生まれつき長所がなく、嫌われ、虐められ、引き籠り……到底褒められるような、もといマトモな人生では無かった。わざわざ転生させて貰える様な功績なんて当然ない。そんな俺が果たせる使命も限られる。


 何かの手違いだろうけれど、俺は特に恵まれた人生でも無かったのだから、このぐらいの非日常を得ても文句は言われんだろう。

 まぁ何か特別な能力の一つや二つくらい用意してくれれば、俺からの文句も無くなる訳だが。


「……さて薄々感づいているだろうが、実は君にプレゼントがある。大切に、無くさないようにしてくれよ」


 フレアは”お決まり”が分かっていたかのようにプレゼントとやらを取り出す。

 差し出されたのは型の古いゲーム機だった。見た事のない形状だが、マニアには高値で売れるだろうか。換金でも出来ないと無価値である。質には自分で入れろと言うのか。何とも回りくどいプレゼントだ。


 さて、文句も言えないので有難そうに受け取る。


「ではそろそろ失礼するよ。私が居たら気が休まらないだろう。詳しい話はまた今度だ」


 気が休まらないのはその通りだ。なにせ俺は女慣れをしていない。工場に居た厚化粧のおばさんでも、町中をノロノロと歩いている不細工でも、言ってしまえば、男であっても女っぽければ簡単に緊張してしまう。そのくらい俺は女子に免疫がない。


 なのでこうして女児に身を寄せられているだけでも、俺が俺でないような感覚なのだ。妄想の中でならもっと上手くやれるのだが……そんな事を言って三十路手前まで童貞を貫いた。貫かざるを、得なかった。


「えへへ、もう私の言葉は分かりますよね?」


 メアはあどけない笑顔で、そして無邪気な挙動で俺に近づく。俺はあらゆる問いかけにもゆっくりと頷くしかない。目を合わせるなんて洒落た事は出来ない。



「ですので、この世界はとっても危険なんです!」


 メアはこれまでの船旅の苦労を、わざわざ俺を脅かすようにして話し続けた。ドラゴンを見ただとか、海賊に襲われただとか。

 しかし肝心の内容というのがファンタジー作品のテンプレートの様で、正直、鬱漫画やスプラッター漫画を見慣れた俺にしてみれば、それらの話は存外楽しそうに思えた。


 そうこうしている内に日が暮れる。夜空は黒や藍色というよりは濃い緑の様である。星は大きく、まるで月がいくつもある様だ。と言っても、光具合は月よりもやや淡い感じで、夜なのに明るいという事はない。


「はい、あーん」


 時刻は夕飯時。俺は年甲斐もなく、間抜けに口を開けた。身体が動かないからとはいえ、我ながら気持ちの悪い、無様な顔をしているだろうと思う。しかしこの奉仕される状況もまた、神様からの贈り物と思えば無下にするのも不躾だろう。

 聞けばメアは、生前”国家アイドル”と呼ばれていたらしい。テレビで見ない日はなく、その影響力は世界的。ファンクラブの会員数は、何処かの国の国民と同じ程だったのだとか。

 これがフレア船長の言う”功績”なのだろうか。ますます俺は手違いなんだろうな、と思えてくる。


 さて、欲望に忠実で、間抜けに口を開ける俺だが、何も人目を憚(はばか)ってない訳ではない。周りの目は少し痛い。事情を理解している船長であっても、少しばかりは忌まわしそうな顔をするのだ。

 しかし船長の軽蔑はまだマシなのだ。問題なのは彼女でも、一番の被害者であるメアでもない。

 この船にはもう一人乗組員がいる。


「おいメア、あまり甘やかすな」


「で、でもまだ冴根さんまだ動けないんですよ?」

「構わん。人間は一晩食わずとも死にはしない」


 手厳しい言葉が飛んでくる。なかなか辛辣。全身麻痺相手に言う言葉じゃないぞ……。


 彼女の名前は”翠蓮(すいれん)”という。そう、親しみ深い漢字表記である。俺と同じ境遇で日本から転生したのだろうか? 日本人にしては自尊心を持ち過ぎている気もするが。余程|強(したた)かなのか、どのみち取っつきにくい奴だ。

 見た目も切れ者といった感じ。ボーイッシュな髪型で髪色は深い緑色である。丁度今の夜空の様な色合いだ。三白眼が鋭く、またその瞳は暗闇で良く映える金色である。小柄で細身な体格だが筋肉はしっかりしていて、なんとも理想的な体型だ。


「何をジロジロ見ている。愚者が」


 ぐ、しゃ……。

 コイツとは昼間出会わずで、夕食の席でようやく初対面となったわけだが、席に着いてからずっとこの調子である。

 俺の様なブスが嫌いなのだろうか……生き返っても俺は相変らず嫌われ体質らしい。今はメアや船長がいるから良いが……出来れば二人っきりにはなりたくない。せめて明日の朝までは。


「言い過ぎだよ。翠蓮」


 船長が咄嗟に宥める。心遣いは有難いが、俺はとっくに手負いだ。罵詈雑言はいくら食らっても慣れないし、むしろ食らえば食らうほど耐性がなくなる。高校時代に、そして工場職員時代によく理解した。

 ……しかし誉め言葉は簡単に慣れてしまう、そんな真逆の性質なのだから人間は欠陥だらけだ。


 それからもメアは、実に献身的に食事を手伝ってくれた。船長も同様である。俺の心は幾分か救われる。



 さて、寝室では一人ぼっちだ。別に寂しい訳じゃない。少しだけメアの添い寝を期待した自分がいたが、よくも考えれば必要性がないよな。彼女は別に、俺の事が好きじゃない。


 しかし何故ベッドが四つもあるのだろうか。上等なキングベッドだ。発注ミスな訳ではないだろう。

 そもそも、俺を含めて船員が四人しかいないのも不自然だな。これだけデカい船なのだから。

 ……そういえば、俺が目覚めた時、周りにはまだ人が寝ていたな。暗がりでよく見えなかったが。彼らも俺と同様に、まだ目覚めていないだけの船員なんだろうか。

 目覚めた瞬間はビビるだろうな~。身体はまともに動かんし、部屋は真っ暗闇だし。


 さて彼らは本当にどんな奴らなんだろうか。世界的アイドルと同等かそれ以上の”功績”を遺してるんだろ? おまけに、神様が特別待遇で転生させるレベルらしいし……普通に気になってくる。動けるようになったら、ちょっと様子くらい見に行ってみるか。この身体の違和感も明日の朝には治るらしい。


 しかし、まともに動けるようになったら、もうアイドルからの奉仕を受けられなくなるのだ。いやだ。ともなれば、調査は後回しで、この状況をしばらく楽しんでからにするかな。



 その翌日、俺はまだ”動けない可哀想な奴”を演じた。メアに気付いた様子は無い。

 食卓に着き、また昨日と同様に”あーん”を享受する。


「おい貴様。もうマトモに動けるだろ」

「冴根くん……流石に感心しないよ」


 メアはキョトンとした。俺は冷や汗をかいた。しかしもう後には引けない。結局俺は、二人に疑われながらも、その日一日は“可哀想な奴”の演技を貫き通すしかなくなったのだった。



「怪物退治……?」

「あぁ。端的に言えばね」


 あれから数日が経ったある日、急に船長に呼びつけられた。彼女はすっかり普段着といった感じで、いわゆるカジュアルファッション。まぁどうでもいいな。

 さて、俺が何故呼び出されたのかと言うと、いわゆる先日話しそびれた“使命”とやらについて、改めて話したい事があるらしい。


 しかしながら“怪物退治”とは……なんだかきな臭くなってきたな。


「……あの~、俺全然戦えないんすけど、大丈夫なんですかね?」

「心配は無いよ。君には君の役回りがある。それに、その為の“ゲーム機”だ」


「ほぉ」


「……この船は、今まさに怪物の住処へ向け進行している。到着までに、ココの生活やそのゲーム機に慣れておいてね」


「わ、分かりました」


 船長はニコリと笑う。何だか言いくるめられたが……。

 わざわざ転生して、そしたら怪物と戦うとか……確かに、漫画の主人公みたいで、もし自分がそうなったらとも思った頃もあった……。

 とはいえ行く末が心配だ。俺は上手くやれるだろうか。ほんと神様は、何を考えてんだか。

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