高校デビューは保健室から始まった

クトルト

第1話

 俺の名前は、影浦 一( かげうら はじめ)

 小さい頃から、人見知りで、影が薄く、

 何をやっても平均で、当然友達もいなくて、

 まともに名前を覚えてもらったこともなかった。

 

 これが俺の人生なんだと、あきらめていた。


 中学3年になり、修学旅行当日、空港に行くと、

 俺の席だけ予約されていなかった。

 先生たちは、俺の顔を見て、めんどそうな顔をしていた。

 同じグループのやつらは、修学旅行に行けなくなるのではないかと、

 不満そうな顔で、俺を見てきた。


 俺って、いらないんだ……


 急に体調が悪くなったと言って、

 空港でみんなを見送った。

 自然と涙があふれてきた。

 

 このままじゃ嫌だって思った。

 変わりたいって思った。


 残りの中学生活を捨てて、

 その時間で、自分自身を鍛え上げ、

 高校で人生をやり直すことにした。


 

 高校入学式当日

 

 心臓の鼓動が早くなり、

 体全身が震えている。

 これが武者震いというやつだろう。


 玄関の扉を開けようとした時、

 誰かに首根っこをつかまれた。


「何度言ったら分かるの!今日は学校を休みなさい!」


 母さんが声をかけてきた。


「今日は、絶対に学校に行く」


「熱が40℃以上あって、行けるわけないでしょ!」


「何℃だろうと関係ない。学校が俺を呼んでいる」


「うん、それは幻聴だから。休まないとね」


 家を出ようとすると、

 母さんが俺を羽交い絞めにしてきた。

 俺は母さんを振り切ろうとしたが、

 逆に廊下に投げ飛ばされてしまった。


 それから、俺は何度も玄関に突撃し、

 母さんに何度も投げ飛ばされた。


「はぁ、はぁ、はぁ……母さん、どいてくれ」


「はぁ、はぁ、はぁ……どかないって」


「俺はこの日のために……」


「分かってる。高校でやり直すために、

 ハジメが努力してきたことも、

 高校初日が大事だってことも」


 母さんが俺の両肩に手を置いて、

 真っすぐな目で、話し始めた。

 

「最初、中学生活を捨てるって聞いた時には、

 何言ってんのって思った。

 でも、すぐにハジメが本気なんだって分かった。

 他の子が楽しい学校生活を送っている中、

 ハジメは血反吐を吐く努力をした。

 私が止めようとしても、かたくなに拒んだ。

 そして、何をやっても人並み以上に、

 こなせる力を手に入れた。

 身長も20センチ以上伸びて、かっこ良くなって、

 正直、誰あんた?私の息子?ってレベルだよ」


「母さん……」


「だからさ、今日にこだわらなくても、

 ハジメなら高校でやっていけるよ」


「でも……」


「自信持ちなって」


「俺は……」


「とりあえず、一緒に病院へ行こうよ」


「学校に……」


「時間はあるんだからさ」


「行きたいんだぁぁぁぁぁ!!」


 俺は再び玄関に向かって走り始めた。



 1週間後


 手足にかけられた手錠を母さんが外してくれて、

 学校に向かった。


 「おはようございます!」

 

 勇気を出して、教室の扉を開け、大きな声であいさつをした。

 

 みんなが、俺の方を向いてくれた。

 影の薄い俺が、注目されている。


「お前が影浦だな」


 後ろから、先生に声をかけられた。


「はい!!!」


 ちゃんと名前で呼ばれるなんて。

 幸先が良いな。

 

「お、おう……元気がいいな」


「はい!!!」


 キーンコーンカーンコーン


「……じゃあ、みんな朝の会をするから、席に着くように」

 

 俺の高校生活が始まったんだ。


 

 昼休み


「こんにちは~、放送部部長のミヤビです。

 新入生のみなさま、ご入学おめでとうございます。

 この放送では、毎回学校の出来事を伝えたり、

 曲のリクエストを頂いて、流したりしています。

 それでは、今日の最初の曲は……」


 軽妙な放送が流れる中、俺の気持ちは沈んでいた。


 クラスのみんなに関わろうとしたが、

 ダメだった。

 話しかけようとすると、顔を赤らめてどこかに行ったり、

 話しかけても、

 

「えっ、あっ……ごめん」


 っていう反応で会話にならなかった。


 みんなにアピールするために、

 授業では、先生からの質問に全て手を挙げた。

 数学では、先生が大学受験の難しさを伝えるために出した、

 難問を正解し、体育の長距離走では、吐くまで走って、

 2位の人を周回遅れにした。


 なぜ俺は避けられるんだ。

 何か間違ったのか。


 すでにクラス内は、グループができていて、

 楽しそうにご飯を食べている。


 教室に居づらくなり、弁当を持って教室を出た。


 ない、どこにもない。

 弁当を食べられる場所がないか、学校内を見て回ったが、

 どの場所にも人がいて、新規が入れる場所はなかった。


「はぁ~」


 廊下で、ため息をついていると、

 誰かが、ポンっと背中を叩いてきた。


「どうした少年。大きな背中を丸くして」


 横から俺の顔を覗き込むように、

 白衣を着た女性が話しかけてきた。


「えっ、あっ……」


 いくら鍛えても、俺自身の根本的な性格は変わっていない。

 影が薄くて、人見知りで、準備しないと普通の会話さえできない。


「私は、保健室を担当している光宗(ミツムネ)だ。

 何か悩みがあるなら、私が聴こう」


「いや、別に……」


「よし、分かった」


 先生は、俺の手首をつかんで歩き始めた。


「ちょ、ちょっと」


「いいからいいから、悪いようにはしないさ」


 先生に手を引かれて、

 保健室に入り、イスに座らされた。


 先生は、お茶を出してくれた。

 俺が、お茶を一口飲んだタイミングで、


「何かあったのかい?」


「……」


 言えるわけない。

 クラスに居場所がなくて、

 食べる場所が見つけられずに、

 落ち込んでいたなんて。


「私はこの仕事を10年以上やっている。

 少なくても、キミよりはいろんな人を見てきたんだ」


 何が言いたいんだ、この先生は。


「私は今日、キミ……

 影浦君が教室に入ってからずっと見ていたんだ」


「……なんで俺の名前を」


「安心してほしい。確かに私は年下のかわいい子が好きという性癖はあるが、

 ストーカーをしたことはないのだよ」


「……」


「それにキミは、私の好きな見た目のタイプとは全然違うしね」


 なんで、先生はドヤ顔をしているんだ。

 それに、性癖って、大丈夫なのかこの先生。


「フフフ。話を戻すけど、体調不良で休んでいた子が、

 今日から登校するって聞いたから、心配で見ていたんだよ」


「そういうことですか」


「まだ半日だけどさ、キミは、頑張っていたね」


 なんだ?急にほめてきて。


「キミの悩みは、明確な目標があって、行動をして、

 頑張っても、望んだ結果が得られない。

 合っているだろうか」


 ……その通りだ。

 そんなことは自分でも分かっている。


「問題を解決するには、

 時間をかけないといけないこともあれば、

 自分自身で気づかないといけないこともある。

 でも、キミの場合は、誰かに頼ることが、

 必要なんじゃないかな」


 「お、俺は今まで、1人で……」


「1人で考えるのがいけないわけじゃない。

 でも、考えても、考えてもどうしようもない時は、

 別の方法を考えないと思うんだ」


「それができたら苦労は……」


「だから私が聴くと言っている」


「先生とは今日初めて……」


「2回会えば、話してくれるのかい」


「それは……」


「100回会えば、話してくれるのかい」


「そういう事ではなくて」


「ここで大事なのは、

 キミが話すかどうかを決めることなんだ。」


「……」


「分かった。じゃあ、私は決めたよ」


「?」


「キミの相談に乗って、解決しなかったら、

 私は学校を辞めるよ」


「……はぁ?」


「次は、キミの番だ。話すか、話さないか決めるんだ」


「や、やめるなんて、適当な事を言わないでください!」


「私は本気だよ」


 真っすぐな目で、俺を見てくる。

 この目は……母さんと同じ目だ。

 

 変わりたいなら、自分の考えだけに、

 こだわってはいけないのかもしれない。


「……分かりました」


「よく決めたね。すごいよキミは」


 先生のほめられて、うれしかったが、

 それがバレないように、普通の表情をした。


 

 俺は小さい頃から現在までの事、

 今悩んでいることを伝えた。


「アハハハハ♪」


「先生!」


「ごめん、ごめん」


「俺は真剣なんですよ!」


「分かっている。だからだよ」


 先生に話したのは、間違いだったのか。


「とりあえず、私が学校を辞めずに

 済みそうなんで、安心したよ」


「それって、どういう……」


「キミは自分のことは好きかい?」


「嫌いですね。こんな見た目や中身じゃなければ、

 違う人生だったんじゃないかって思います」


 「そうか……」


 先生は腕組みをして考え込んでいる。


「グ~~」


 先生のお腹の方から聞こえた。


「それって、弁当だよね」


「はい」


「とりあえず昼食にしようか。話して疲れたし」


「いいですけど」


 先生と一緒に昼食を食べることになった。


「キミの弁当、おいしそうだな」


「……普通ですよ」


「普通なわけあるかい!」


「痛っ⁉」


 先生にデコピンをされた。


「……玉子焼きを1つくれないか」


「玉子焼き?」


「みなまで言うな。分かっているよ」


 先生は、自分の食べていたカップ麺を両手で持って

 俺に差し出してきた。


 「このカップ麺は1個300円以上するんだ。

 キミに、ひとすすりをさせてあげよう。

 その玉子焼きには、それだけの価値がある」


「ひとすすりがなくても、あげますよ」


「本当かい!キミは神かい!」


 先生は目をキラキラさせている。

 さっきまで真剣な目で話した人とは別人だ。


 

「最高♡」


 先生は手のひらを頬にあてて、

 うっとりした表情で、玉子焼きの味をかみしめている。


「この玉子焼きには愛を感じるよ」


「愛ですか?」


「母親の息子に対する愛。

 たくさん食べて、大きく育てよってね」


「母親?」


「いいなぁ、いいなぁ、このお弁当。

 お金出すから、作ってくれないかな」


「先生が生徒にお金を出すのは、

 ちょっと……」


「ん?」


「この弁当は俺が……」


「まさか⁉こ、こ、このお弁当、き、キミが⁉」


「はい」


「うっそ⁉やっば⁉えっぐ⁉」


「大したことは……」


 先生はすっと立ち、俺の前で片膝をついて座り、


「結婚してください」


「……何言ってるんですか?」


「見た目はタイプじゃないけど、

 この料理があるなら関係ない。

 キミは良いやつだし、私が働かなくても、

 尽くしてくれそうだし……」


 白衣で、よだれをふいている。

 

「冗談はそれぐらいに……」


 先生は俺の手を両手でつかんだ。

 

「私の胃袋をつかんだ責任、

 取ってくれないか」


 俺は先生の手を振りほどき、

 保健室にあった鏡を持って来て、

 先生の顔の前にかかげた。


「先生、今自分がどんな顔をしてるか見て下さい」


 先生は、先程までの泥酔したような顔から一変、

 真顔になり、すっとその場に立った。


「良く気づいたな。キミが自分の良いところに、

 気づくために、芝居をしてあげたのだよ」


「芝居……ですか」


「気づかなかったはずだ。

 大人の魅力で、私のとりこになってたキミにはね」


「すごい、汗をかいてますけど」


「こ、これは、教師の情熱というか、

 そう、魂よ、魂の蒸気なのだよ」


 何を言ってるんだこの人は。


「さっき、鏡を取りに行った時に、気づいたんですけど」


「何だい?」

 

「保健室の扉が少し、開いてるんです」


「それが何?」


「扉の窓に、黒い影が」

 

 俺がそう言った時に、

 保健室の扉が勢いよく開けられた。


「見ましたよ~、先生」


「あなたは⁉」


 どこかで聞いたような声だ。


「昼休みの保健室で、先生と生徒のアバンチュール。

 秘密の恋。いやぁ~、結構、結構」


「ち、違うのだ、これは……」


 ドアを開けた女子生徒は、スマホを取り出した。


「全て録画をさせて頂きました」


「なんてことを……」


「私、放送部部長のミヤビが責任を持って、

 学校のみんなにお伝えいたします」


 そう言って、ミヤビ先輩はその場を立ち去って行った。

 先生は、鬼の形相で追いかけて行った。


 俺は、残りの弁当を静かに食べ始めた。


 

「はぁー、はぁー、はぁー」


 先生が息を切らして、

 保健室に戻ってきた。


「なぜ追いかけてこないのだ!」


「そんなことを言われても……」


「俺には関係ないってか!!

 キミはそんな薄情なやつじゃないだろう!!」


 先生は両手で俺の襟首をつかみながら、

 にらみつけている。


「キミはもう当事者なんだよ」


「そ、そんな……」


「あの動画が広まったら、最悪私は学校クビになんの!

 私がいなくなったら、キミは嫌でしょ!」


 なんで俺が 怒られてるんだろう。


 でも、先生がいなくなるのは……


 

 嫌だと思う。

 こんなにしゃべったのは、母さん以外で初めてだし、

 昼休みに誰かと食事をしたのも初めてだった。


 俺は先生に背を向けて、その場にしゃがんだ。

 

 「何をしているんだキミは!」


 「先生をおぶって走った方が、

 追いつけると思うんですが」


 「アハハ、最高だよキミは」


 俺は先生をおぶって走り始めた。


 「行っけぇぇぇーーー」


 先生の指示通りに、無我夢中で走った。


 

 これから俺の人生がどうなるかは分からない。

 でも、何かが変わる、

 そんな気がした。

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